「ひとりでも、みんなでも」
のデザイン力を身につける
ヤフー株式会社UXデザイナー
グラフィックレコーダー『Tokyo Graphic Recorder』代表
情報デザインコースの卒業生に、学生だったころの作品から現在の活動まで、さまざまなことをインタビューするシリーズ。第1弾は2009年に卒業した清水淳子さんに、お話しを伺いました。
――まずは「情報デザインコース」時代の制作について聞かせてください。
一番はじめの授業はいろいろな意味でよく覚えています。『五感を使って多摩美のキャンパスマップを作る』という授業でした。5名1チームに組み分けされ、チームごとにテーマを絞り、半年間かけて1枚の地図に仕上げました。五感に関わるものであれば、テーマは自由です。
水の色やきらめき(視覚)、樹木の肌触り(触覚)、草木や風の匂い(嗅覚)など、たくさんのアイディアが出る中、最終的に私のチームは音をモチーフにすることに。その間、随分とキャンパスを歩き回りましたね。「手書きで完成させる」というルールがあったので、最終的に各々、消しゴムを削って音のアイコンスタンプを作り、手作り感満載のスタンプマップを完成させました。
当時の新入生にとって、デザインと聞いて真っ先に思い浮かべるのは、ひとりのスターデザイナーが生み出した圧倒的な存在感を放つ街中の広告ポスター。私も含め「これこそデザイン!」と憧れている生徒もたくさんいました。なのに、どうして個人で自由に制作できないの? 5人1組で協力しなきゃいけないの? ……本音を言うと、そのギャップは大きかったですね。
その後も、「魚の動きを3Dに」「空の色を映像に」等々、ありとあらゆる素材を、チームで様々な形に変換して作品に仕上げるという授業が続きました。「この課題にどんな意味があるのかな?」「みんなでつくると自分の個性が表現できないのでは?」。そんな疑問が心の中で渦巻いてはいましたが、ただひたすらに目先の課題をこなすのに精一杯の毎日でした。
――3、4年次の制作で印象に残っているものはありますか?
Macの一番古い機種と最新機種を比較して相違点を考察し、作品に仕上げるという課題にやはり5人ほどのチームで取り組みました。みんなで意見を出し合い考えた結果、最も大きな変化は明らかにデータ容量だと。その容量の変化を目で見て感覚的にキャッチできるよう、物量の変化で表現したんです。
たとえば、数粒のお米と山盛りのお米の量で表したり、ヤクルト1本と25mプール1杯分を想定した水の量で表したり。最終的には、それらの情報を「博物館の展示」形式にしたらどうだろう? ということになり、私は映像、音、グラフィック、造形など、様々な表現ツールを駆使した総合演出のまとめ役にチャレンジすることになりました。
ひとつのテーマについて、バラバラの視点を持つメンバーで時にぶつかり合いながら作品づくりを進めなければならなかったので、正直、とても大変でした。それでも、自分ひとりの発想ではたどり着けないアイディアに到達できることもあり、ハッと驚かされることもあったんです。最終的に「情報をデザインすることで人の心をどう動かすことができるのか?」というゴール(展示)まで見届けられたことは、貴重な経験になったと思います。
――「情報デザインコース」で学んだことで、一番役に立ったことは何ですか?
自然も含め、身の回りのモノや事象を観察し、解釈、分析、整理した上で再構築する。そういう一連のプロセスを理解することが、いかに大切か。当時は課題をこなす意味をきちんと理解できないまま暗中模索の日々でしたが、今ならよくわかります。いつのまにか、どんな課題をインプットされても、最終的には上手に成果に落とし込んでアウトプットできる変換能力のようなものが備わったようにも思います。
プロセスの一部にだけ目を向けるのではなく、全体を通してモノづくりを見る大きな視点も養われました。チームみんなで制作することで、アイディアがマッシュアップ(混ぜ合わせ)され、より磨かれるという経験を得られたのも大きかったですね。情報デザインコースで身についたスキルは、私が今、実践している手法「グラフィックレコーディング」に生かされていると実感できます。
――「グラフィックレコーディング」(以下GR)とは具体的にどのような手法なのでしょう?
GRを理解する入り口として、まずは会議の議事録を思い起こしていただければと。GRでは、その議事録を映像でもなく、音声でもなく、ホワイトボードにグラフィックで記録します。読んで字のごとく「グラフィック(絵)」で「レコーディング(録音)する」ことから派生した手法です。
私がGRを始めたきっかけも、まさしく会議の場でした。当時在籍していたデザイン事務所では、会社のトップも上司も60歳以上の業界では名の知れた方々で、クライアントも年代層の高い超ベテランクラスばかり。おのずと会議の席では、緊張せざるを得ません。伝えたいことはたくさんあるのに、プロジェクトに対する自分の考えを上手に言葉で説明できず、場の空気が悪くなってしまうことがあったんです。そこで苦しまぎれにペンを走らせ、会議の内容を必死で振り返り、整理しながらグラフィックで可視化してみたんです。
おそるおそる、震える手で「こういうことですよね?」と……。すると、場の空気が一転してやわらかくなり、会議に参加していたメンバーの方々が、あらためて聞く耳を持ってくださったんですね。私はもともと小さい頃から絵を描くことが大好きで、言葉で伝えるより、グラフィックを用いたほうが自分の思いを整理しやすく伝えやすかったのだと思います。
――会議の場以外にも有効性を発揮しそうですね?
2013年に『Tokyo Graphic Recorder』という活動を立ち上げ、ブログをアップして以来、さまざまな依頼を頂きました。講義やセミナーのGRを依頼されることも多いんです。ホワイトボードに描かなければならない、というわけでもありませんから、紙と鉛筆、ペンさえあれば、どこでも、誰とでも実践できる手法です。
学生さんなら、授業の内容をノートにGRできますよ。上手に絵が描けなくても大丈夫です。〇や△などの単純な記号の組み合わせでもいいんです。一番大切なのは、話している人の感情に共感して、内容をロジックに解釈、分析し、再構築する力。どんなシーンにおいても、GRを用いて全体像を把握し図解できれば、十分、役に立つはずです。
――現在の勤務先、Yahooではどのようなお仕事をされているのでしょう。
UXデザイナーとしてクリエイティブサイエンス部に所属しています。UX(User Experience=ユーザー・エクスペリエンス)とは、デザインの使いやすさや美しさだけでなく、ユーザーにとっての使い心地のよさを意識した概念です。たとえばショッピングサイトを例に挙げてみましょう。日用品である水やお米などは、定期的に購入するのでリーズナブルなほうがいいですよね? 一方、贈り物など購入頻度の低い買い物の場合には、そのぶん予算をかけるはず。そういった個々の目的に応じて買い物がしやすいよう、検索画面のレイアウトやクリックにおける動線などを考慮し、ユーザーの立場に立った心地いいショッピング体験を考えるのがUXデザイナーです。
そこで重要になってくるのがユーザーデータです。私はデータサイエンティストと協力し、日々、ユーザーの嗜好、行動スタイル、心理面などを分析しつつ、デザインにどう効率的に生かせるかを模索しています。データサイエンティストは、コンピュータサイエンスや統計学など、さまざまな分析手法を操り、ビッグデータを解析します。私はデザイン面からの提案を行います。頭の中にコンピュータが組み込まれているのでは? と思うほど、彼らは計算が早いし論理的だし話に無駄がありません(笑)。一方、デザイナーの私は彼らに比べるともっと情緒的、感覚的でありフィーリング重視です。情報のイメージ共有が難しい場合など、GRは非常に役に立ちます。
一対一で活用することもあれば、部署間の連携をスムーズに行うために活用することもあります。私はデータサイエンティストやエンジニアと一緒に動くUXデザイナーという、社内でも新しい位置づけで、部署外のデザイン部、開発エンジニア部、営業部等々とも連携を取ることが業務です。やはり、部署ごとにカラーが異なり、それぞれ共通認識、言語が存在します。おのずと部署間の齟齬も生まれやすいんですね。ですから、会議以外の場でも、各部署から個別にプロジェクトの進捗や行き詰まりについて、相談を受けることもあります。
――記録ツールとしてだけでなく、より踏み込んだ活用もできるんですね。どのようにGRを使うのですか?
グラフィックを用いて、問題点や課題をテーブル(紙)の上にパズルのピースのようにいったん広げるイメージですね。そこから、「私ひとりでパズルを解く」のではなく、「みんなで一緒にパズルを完成させていく」というイメージでしょうか。「問題点Aと問題点Bはよく考えてみると同じことですよね」「この課題をクリアするためには、このピース(部署)とこのピース(技術)が必要ですよね」。そんな風にパズルのピース(情報)を分析、整理、再構築していきます。
この方法は、1対1でも、1対10という関係性でも有効です。私が相談される役として一段高い位置に立つのではなくて、あくまで同じ目線で仲間の一員として一緒になってパズル(課題)を解いていく。GRは、そんなアプローチも可能なコミュニケーションツールなんです。思いのほか意思疎通が上手くいきます。
――今後、クリエイション活動を通じてどのような世界を作りたいですか?
これからのモノづくりは、デザイン、テクノロジー、サイエンスなど個々の領域を超えて、ボーダレス化が加速すると考えられます。個人的には、可能性がより広がるのでは、という期待感を抱く一方、一抹の懸念も抱えています。なぜなら、数値化できない価値というものが、ないがしろにされる危険性が高くなっているからです。
インターネットは多くの人々に情報を届けられ便利な一方、情緒が単純化されて届けられているのでは、と感じています。情緒というのは、あいまいな心の揺れ動き、微妙な心の機微のようなものを感じる力として捉えているのですが、そのような情緒がどんどん単純化されて、いつか失われてしまうのではないかと危惧しています。
Twitter上では言葉の短縮化が進み、LINEの出現で「うれしい」などの感情がスタンプ化されました。本当は「うれしい」という言葉も十人十色、状況ごとに、複雑に色を変えます。時に人は「うれしい」という言葉を口にしながらも、目に涙を浮かべ、心の奥には悲しみを隠し持つという矛盾した感情を持つことさえあります。
たしかに最近のAI(人工知能)の進化はめざましく、いずれ、そんな人間の心の機微さえ分析して再現できるようになる日が来るかもしれません。仮にそんな未来が訪れたとして、その頃、人間自身が情緒を感じ取る力を失ってしまっていては本末転倒です。インターネットの会社に身を置くからこそでしょうか。人間ならではの情緒を消したくない、と痛切に感じます。
では、なにが出来るのか、と問われると、まだ答えはハッキリと見えてはいないのですが……GRというアナログかつロジックなコミュニケーションツールを、情緒を育てるツールとしても生かせたらいいな、と漠然とですが考えています。
――「情報デザインコース」を一言で表すと何でしょう?
情報の料理人が集結している学科。そんなイメージがあります。情報デザインコースの先生や学生は、人間が直接「見る」ことのできない現象・事象・複雑な関係性をデリケートに感じ取る力が強い気がします。混沌とした情報や素材を軽やかなコミュニケーションに変えて世の中を楽しませる様子は、まるで情報の料理人が腕をふるっているよう。4年間を通して、世の中のすべてをクリエイションの素材として感知できる、やわらかな感性が養われるはずです。
――最後に、来年度からの入学生に向けてメッセージをいただけますか?
学生時代だからこその思い出として、時間を忘れるくらい、作品について同級生と議論し続けたことが記憶に残っています。授業では、いつもチームを組まされました。当時は、ひとりでつくりたいな、と思ったことも多かったものの、チームメンバーと衝突し、ぶつかりあうことで新しい発見を得たこともたくさんありました。共感や協調性も大事ですが、自分ならではの違和感も大切です。
友人だけでなく、先生にも思う存分、ぶつかっていってください。卒業する頃には、ひとりで自由自在につくりたいモノをつくるスキルだけでなく、様々な考え方を持つ人をリスペクトしながら、「協力してモノをつくるマインド」が身についているはずです。「チームとして動くマインド」は、これからの時代、デザイナーとして生きるにあたっての一番の財産になると思います。
Text / Mayuko Kishiue
Photo / Rakutaro Ogiwara
INFORMATION
-
情報デザインコースパンフレット2025
2024.05.31
-
卒業研究制作展2024
「From: To:」2024.05.17
-
できごとのかたち展 2023
「EXPANNEXT」2023.12.12
-
情報デザインコースパンフレット2024
2023.07.20
-
できごとのかたち展 2022
「間」2022.12.18
-
情報デザインコースパンフレット2023
2022.09.15
-
卒業研究制作展2022
「𝘓𝘌𝘛 𝘌𝘕𝘌𝘙𝘎𝘠 𝘍𝘓𝘖𝘞」2022.03.10
-
できごとのかたち2021
「STAGE」2022.01.15
-
情報デザインコース
パンフレット20222021.07.21
-
卒業研究制作展 2021
「そして、」2021.03.06
-
できごとのかたち2020
「ACCESS」2020.12.21
-
卒業研究制作展 2020
「カガミ」2020.04.04
-
情報デザインコース
パンフレット20202019.07.21
-
情デの産学協同授業
2019.05.14
-
できごとのかたち 2019
「into」2019.01.26
-
情デの産学協同授業
2018.04.30
-
できごとのかたちの10年
2017.09.01
-
情報デザイン修士論文要約論文集
2015.04.10
-
創造すること、思考すること
2014.04.15
TEACHING STAFF
教員紹介
情報デザインコースでは、少人数制の制作実習やワークショップを主体に、理論と実技の両面から教育を行なっています。