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なにか物事を諦めるとき、その心持と諦めた後のこと

高口 聖菜

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1963年、祖父母は炭住を出て列車で函館駅へ。青森駅まで連絡船で行き、寝台列車を乗り継いで横浜へと向かう。
2023年、私は横浜からリムジンバスで羽田空港へ。新千歳空港まで飛行機で行き、レンタカーを借りて祖父母がかつて住んでいた 炭住へと向かった。

パンデミック宣言が終了してから、しばらくぶりに祖父母の自宅を訪れた。認知症という記憶に対するほんの少しのずれを、微々たるものにできないかと始めたのが数回にわたって行われたおしゃべり会だ。おしゃべり会では、祖父母が横浜に移住する前の北海道での暮らしを聴きながら、お菓子を食べたり、コーヒーを飲んだりする。
祖父は2つの炭鉱で働いた炭鉱労働者であり、祖母は季節坑夫の父を持ちながら炭鉱街で働く労働者であった。
物にも場所にも宿ることのない、今も失われつつある記憶を頼りに、炭鉱労働者と祖父母のことを考える。

shitanami