『まめ』展は、情報デザイン学科メディア芸術コース2年次演習科目「サイトスペシフィック・エキシビション」が実施する展覧会です。
本展では、各学生が多摩美術大学のキャンパス内からひとつの場所を選び、その場所の特性を出発点として独自の作品を制作しました。
展示作品は合計17点で、キャンパスのさまざまな場所に配置され、学びの生活動線と交差しています。
キャンパスを歩き、立ち止まり、巡り、再発見する中で、私たちはそれぞれの場所から新たな感覚や考えを得ます。
作品はキャンパスの中で育ち、その場所に戻り、再び観られ、感じられるのです。「まめ」は、キャンパスのある場所に落ちた小さな種のように、
光や風、歩みや時間のリズムを受け取り、その場所ならではの形を育むことを象徴しています。
作品には、私たちの日常空間への観察、場所性への理解、そしてキャンパス生活の感覚が込められています。
来場者の皆さんには、キャンパスを散策するなかで、まるで道ばたに落ちた小さな「まめ」を拾い集めるように、作品に込められたささやかな意識や体験を一つひとつ手に取って感じてもらえればと思います。
2026年1月10日(土)〜1月12日(月)
10:00~17:00
多摩美術大学八王子キャンパス構内
東京都 八王子市 鑓水2-1723
境界を音がこえていくこと、繋いでいくこと。無意識に踏むこと、鳴ること。遠くで音が鳴る、そこに誰かいるかもしれない。
お金の代わりにどんぐりでものを買うフリーマーケット。落ちてるどんぐりを拾ってこよう。
誰にとっても慰めや勇気を与えてくれる物が存在するだろう。
私にとっては布団と枕がそうである。
懐かしさや温かさを感じられる大切な存在だ。
どんな新しくて見知らぬ空間でも、彼らと一緒なら居心地がよく安心できる。
この大切な布団と枕を縫い、結び、「慣れない空間」を「心地よい空間」とつなげたい。
花言葉をたどりながら、木のまわりを旅する。
三つの木が導く、小さなお話。
「竹は計画的に育成しています」
間引きせずに竹をとると、地盤が緩んでしまう。
竹を構造物として捉えた。あなたは根。
根であれば本来見えなかった空を、竹を通してみてみよう。
そこにあるもの、そこにいるもの・見逃されうるものに目を向けるためのアプローチ
残された痕跡を可視化する試み
距離を縮めるための行為
大便の排泄は、社会の中で隠蔽されてきた行為である。
そのためトイレの個室は、制度によって保証された例外的な私的空間となった。
私のスマートフォンもまた、施錠され、思考を蓄積する私的な空間である。
本作は、この二つの空間を重ね合わせることで、私たちの私性がどのように制度の中で成立しているのかを問う。
差し示されたものとは違うことをする。誰かの意に従わずにすすむ。
多摩丘陵の斜面に、竹やりを刺して水を得ていたので鑓水。
鑓水では養蚕で栄え、布を作るための糸を作った。
美という字は、羊と大で成り立っている。
多摩美術大学の斜面に竹やりを刺し、出てきた(毛)糸で今の鑓水の地を紡ぐ。
いつからかまことしやかに囁かれていた多摩美の妖怪伝説を調べるため、真夜中の多摩美に忍び込む多摩美生たち
妖怪伝説は実在したのか、彼らがそこで見たものとは...!?
異なる繊維をほどき、同じ編み目に重ねていく。
この行為は、自然と私たちの関係を再び結ぶ、小さな再構築である。
「私は時間から逃げるための小さな部屋を作った。けれど、風が吹くたびに、その部屋は時間に包まれてしまう。」
人はしばしば、現実から「一時的に逃げる場所」を求める。
この鉄線でできた小屋は、そんな“儚い避難所”を象徴している。
しかし、風によって揺れる小さな時計の針が、その静けさを破る。
時間は止まらない。
この場所にある空気は、何でできていてどこへ行くのか。私たちが今吸っている空気には、匂いや音などの目には見えない様々なものが混じっている。それらの目に見えないものは、私たちの知らない場所で生まれ、知らない場所を通ってここにある。この場所で生まれた空気も、どこか私たちの知らない場所へ行き、たくさんの生き物を通して世の中を循環していく。
見知らぬ人々の層の中に、気づけば自分が織り込まれている。
重なり合う断片の流れと、その中に生まれる連なりを通して、
ひっそりと景色が立ち現れる。
東門前広場で、「広場」と「人が集まること」をテーマにしたワークショップ形式のインスタレーション作品を展示します。
QRコードに埋め込まれた台本のテキストを読みながら動き回り、社会的な意味での立つ場所・視点・属性の関係性について考えたいと思っています。
現在地マーカーを移動させると、まめ展の情報だけがポップアップで出てくる意地悪な地図。
ながいながい坂をみんなでりんごになって転がりたい。