三 上晴子「欲望のコード」 YCAM/山口情報芸術センター 2010, ICC/インターコミュニケーションセンター)


この作品は「データとしての身体」と「ここにある肉体」との境界線が曖昧になっていく現代の状況を表現した3つの構成で展開するインタラクティブ・インスタレーションです。白い壁面に広がるのは、昆虫の触毛を思わせる、小型カメラを搭載した大量のストラクチャー[1]。 そして、天井からは、カメラとプロジェクターが搭載された6基のロボットサートアーム[2]が吊られています。各装置は、昆虫がうごめくように、観客の位置や動きをサーチし、それに向かって動き出し、観客を監視しています。さらに、会場の奥には、昆虫の複眼のような直径4.7Mの円形スクリーンが位置します[3]。それぞれのカメラの映像データは、世界各地の公共空間にある監視カメラの映像とともに、独自のデータベースを構築し、過去と現在、会場と世界各地の映像は、複雑に交錯しながら、スクリーンに投影されます[4]。このように時間や空間を断片的に組み変えながら、新たな現実を描き出す複眼。それは、観客自身を監視と表現の対象とした、情報生態系に増殖する欲望であり、そこにある私たちの新しい身体の存在と現在の意味を提示します。



[1]蠢く壁面

壁面を埋め尽くす90 個のストラクチャー。観客が作品のエリアに入ると、この大量の装置は、先端を明滅させながら、昆虫の触毛のように観客の方向に一斉に動き出します。人間の知覚を越える0.00003 ルクスの高精度のカメラとマイクで、観客をとらえ、その映像と音声は[2]のデータとともに、本作のデータベース(欲望のコード)へと取り込まれ[3]に反映されます。



[2]「多視点を持った触覚的サーチアーム」

天井から吊り下がる昆虫の触角のようなロボットサーチアーム6基。その先端にはビデオカメラとレーザープロジェクターが装着されており、アームは58 個のセンサーによって、観客を追随しながら撮影と投影を続けます。作品のエリアに入る観客は、その姿をロボットサーチアームに捉えられ、同時に、床面に映し出される拡大された自らの映像に対峙することとなります。映像は、[1]のデータとともに、作品のデータベース(欲望のコード)へと取り込まれ、[3]に反映される仕組みになっています。

 

[3] 巡視する複眼スクリーン

昆虫の複眼のように、61 個の六角形(個眼)が集合化した巨大なスクリーン。作品のデータベース(欲望のコード)に集積する、[1]と[2]の映像データと、世界中の公共空間に点在する監視カメラのデータは、このスクリーンにある別々の個眼へと映し出されます。たとえば、観客の皮膚、眼、髪などを凝視した映像は、過去の別の人物と入り交り、さらに世界中の公共空間(飛行場、公園、廊下、雑踏など)の監視映像が混在して、個眼へと反映されます。集積する複眼の様相は、情報化/監視社会に漂うデータから、情報として自動的に生成される欲望の存在を提示します。



サウンド&ライト
インスタレーション空間内に流れた人々の話し声や物音、作品から発生される機械音は超指向性マイクによって収集され、音声から音圧や周波数成分といった時系列情報が抽出され解析されていきます。「蠢く壁」からは15 列それぞれのセンサーの反応と可動ユニットの角度データ、「サーチアーム」からはシリンダーの長さとステップモータの角度のデータ、「複眼」からは各単眼の表示内容などの情報をリアルタイムにデータベースとして記録すると同時に、その現在の状況をトリガーとして、現時点までに蓄積されたデータベースから過去の音声や作品状況を呼び戻し、それを素材とした新たな音響空間を作り出しています。
 YCAMバージョンの会場照明は、アームの動作が飽和状態に達した時、また、複眼の過去と現在のデータが50%混ざり合った瞬間に、まるでリセットされるかのように、一瞬白く光ります。

作品の詳細と設置方法 -->

Photo:Ryuichi Maruo(YCAM), Yusuke Tsuchida, ICC