人生に「スパイス」を
デザインに「やさしさ」を

田中翔子
八期生
インタラクション · UX · UIデザイナー
Day: 2021.03.11
Tag: #PEOPLE

情報デザインコースの卒業生に、学生だったころの作品から現在の活動まで、さまざまなことをインタビューするシリーズ。第5弾は2009年に卒業した田中翔子さんに、お話しを伺いました。

――まずは、現在のお仕事について教えて下さい。

ベルリンを拠点に、インタラクション · UX · UIデザイナーとして活動しています。2016年の9月にフリーランスとして独り立ちしました。巷では「しょこたん」と呼ばれています。スタートアップのデザインコンサルティングをはじめ、WEBやアプリのUX · UIデザインを手がけています。

ネット環境が整っていれば、世界中どこででも仕事ができるノマドデザイナーでもあります。Zoomというオンラインビデオ会議ソフトを使って、ベルリンからであろうと、東京からであろうと、パソコンでのリモートワークが可能です。仕事ではありませんが、ギリシャの海上で、9.000㎞も離れた東京にいる年下の悩み多き若者から人生相談をされたりもしています (笑)。

ネット環境さえ整っていれば、いつでもどこでもリモートワークが可能

――広島出身ですね。そもそも、なぜ多摩美を受験しようと思ったのですか?

私は昔から、海外への憧れが人一倍強かったんですね。Mac一台片手に、世界中を旅しながら仕事が出来ればどんなに素敵だろうと。デッサンは苦手だったんですが、モノを作ることが大好きだったので、クリエイティブな仕事につこうと心に決めていました。

無謀というか世間知らずというか……広島で美大を受験するための予備校に通っていた頃は、海外の美大を受けようと思っていたんです。先生には、もちろん、一笑に付されました。東京の美大ですら、十分、ハードルは高かったわけですから。

多摩美に決めたのは、実はものすごく単純な理由です。私、SMAPの木村拓哉さんの熱烈なファンだったんです。多摩美は、彼らのデビュー10周年キャンペーンを手掛けた、アートディレクター佐藤可士和さんの出身大学でした。いたってミーハーな動機からでしたが、「東京の人には負けたくない!」と、反骨精神いっぱいで上京しました。

――情デの学生生活はいかがでしたか?

一日一万円かかっている学費を無駄にはしまい、と、猛烈に貪欲なモチベーションで毎日を過ごしていました。「どの学科の授業でも、しょこたんを見かける」と言われるほど、潜入できそうな授業は片っ端から受講しました。今、あの頃の自分を振り返っても「もう少し、肩の力抜こうよ、しょこたん」と思えるほど……とにかくストイックでした。

海外志向は依然強かったので、アメリカのアートセンター · カレッジ · オブ · デザインという大学とのコラボレーションプロジェクトに参加したり、残念ながら選考で落ちてしまいましたが、フィンランドのアアルト大学の交換留学プログラムにも応募しました。

卒業後はすぐにでも海外に行きたいと考えていたので、就職活動は一切せず、卒業制作に専念しました。

――どのような作品を制作したのですか?

携帯電話の着信を通して、大切な人との時間を共有できる作品『37.2℃』に挑みました。作品名の『37.2℃』は、人の深部体温(身体の内部の温度)から名づけました。身体の奥の奥、大切な心でつながるよう。心が温かくなるよう。そんな思いがこもっています。

具体的なコンセプトとしては、着信音ではなく、もっと相手のぬくもりや存在感が感じられるフィジカルなインターフェースにできないかな、とアイデアを練りました。そこで、着信すると、相手の手形と体温が少しずつ携帯電話に現れてくるような仕掛けを作りました。手形は、相手が携帯電話を握った時の指の形をグラフィック化し、体温については、カイロのように携帯電話自体の温度がじんわりと温かくなるような仕組みです。

最も苦労した点は、温かさを感じさせる体験をどうつくるかでした。そのため、ペルチェ素子という、プラスの電気を流すと発熱する素子を使ってプロトタイプ(試作模型)をつくり、何度も試作を重ねました。

卒業制作『37.2℃』

卒業制作『37.2℃』

『37.2℃』のプロトタイプ

『37.2℃』のプロトタイプ

――発想が面白いですね。既存の価値観から離れて、コミュニケーション手段を探っている様に感じます。他にも、そういう作品を制作しましたか?

一年生の時に制作した作品『WITHOUT WORDS』にも、共通する要素があるかもしれません。『37.2℃』は音からの解放でしたが、『WITHOUT WORDS』も、まさに言葉からの解放を狙った作品でした。

「3次元(3D)形式の手紙をつくる」という課題があったのですが、私にとっては初めてのデザインコンセプトワークだったので、とても印象に残っています。アイデアは、オーストラリアにホームステイをしていた際に思いつきました。両親に手紙を書こうとしたんですが、言葉だけでは伝えきれないことがあることにジレンマを感じて。いっそのこと、言葉を排除したほうが潔いんじゃないかと。

そこで、旅先の空気をビニール袋に採取して牛乳パックのような紙の箱に詰め郵送するという、「空気の手紙」を発案しました。郵便物の規格に沿って制作したので、実際に香港から友だちに送ったこともあります。

『WITHOUT WORDS』

『WITHOUT WORDS』

――空気に付加価値をつけた?

そうです。『WITHOUT WORDS』の紙パックを開けても、中にはなにもありません。無色透明の空気が都市名をラベリングされることによって、送る人、受け取る人にとっては、「オーストラリア」の空気だったり、「香港」の匂いになったりする。普段は情報として重要視されることのない身の回りの空気でさえ、そうやって価値をつけることができる。情デで学ばなかったら、こういう発想はできなかったと思います。

――情デで学んだことで、一番役に立ったことは何ですか?

今振り返ると、学科自体がスタートアップのような雰囲気に満ちていましたね。先生方も、生徒側にも、「身の回りにある情報をデザインする」ことに一緒にチャレンジしていこう、学んでいこう、という気概がありました。

先生方は、生徒に対して指導はしてくださいましたが、正解を教えてくださるわけではありませんでした。正解は自分で見つけるように導いてくださったように思います。そういう自立性というか、能動的に動いていく思考力、行動力のようなものを培うことができたような気がしますね。ハングリー精神のかたまりだった私の主体性が、よりパワーアップしたように感じています。

――情デ時代の一番の思い出を聞かせてください。

先生方から各々いただいた言葉を、今でも大切にしています。仕事で迷ったり、人生で挫折した折に、ふと思い出します。

ある先生には、「デザインする時には、かならず意図をもってつくりなさい」と教わりました。なんとなく、という曖昧な気持ちからではなく、きちんと伝えたいこと、形にしたいことが自分の中に明確にあるかどうかを自らに問いなさいということです。

またある先生は、ベストセラーになった著書からの言葉を引用され、「置かれた場所で咲きなさい」と諭されました。置かれた場所が、その時の自分の居場所なら、そこでベストを尽くしなさい。それでも上手くいかない場合は、根をのばす時期だととらえ、辛い時期を乗り越えなさいと。私は20代で、波乱万丈の人生を経験したので、逆境の時、よくこの言葉を思い出しました。

「コンビニのおにぎりばかり食べていては、ダメよ。デザイナーなんだから、直観力が鈍るわよ」。がむしゃらに頑張りすぎている私を見かねて、自宅に招きゴハンをご馳走してくださった女性の先生もいらっしゃいました。「私もこんな風に、料理をふるまえる大人になりたい!」と思わせてくれた先生です。まともな食生活を送っていなかった私にとっては、愛情をこめたオーガニックの手料理が心にもカラダにもしみました。

――卒業後、かなり紆余曲折があったようですね?

学生時代の無理がたたったのか、卒業後、身体を壊してしまいました。一度目の大きな挫折です。ようやく体調が回復したころ、デンマークのCIID(Copenhagen Institute of Interaction Design)というインタラクションデザインを専門に教える学校のサマースクールに短期留学しました。

CIIDのフィジカル · コンピューティングの授業で制作した作品

CIIDのフィジカル · コンピューティングの授業で制作した作品

たった3週間のプログラムでしたが、この留学によって、私は英気と自信を取り戻しました。やっぱり、自信って大切なんですよ。自分が自分を認めてあげないと、身体も心もボロボロになってしまいます。身体が弱ると心も弱ります。心が弱ると身体も弱ります。アタマとココロとカラダは一心同体。そう肝に銘じて、意気揚々と日本で仕事を始めたところ…… 26歳でまた、別の病気で身体を壊し、長期休養を余儀なくされました。

正直、絶望しました。人生山あり谷ありの、まさに「谷」のどん底気分でした。それでも、「海外で仕事をする」という夢は私の中で眠り続けていたようです。病気の回復後は、身体に負担のかからない職場に転職し、英語を学びながら、「山」が訪れるチャンスを虎視眈々と狙っていました。

――ベルリンへの移住はどのような経緯で決まったのですか?

転職した会社はUX/UI領域に特化したデザイン会社でしたが、在職中に、デザイナーとして初の大きな案件を任されたんです。月間1300万人ものマンモスユーザーを持つファッションアプリ『MERY』のリニューアル案件でした。

ファッションアプリ『MERY』

ファッションアプリ『MERY』

UX/UIデザインのためのスケッチ

複雑な情報 · 体験を分かりやすく使いやすくする、UX/UIデザインのためのスケッチ

10代~20代がコアなユーザー層でしたが、大人層も含め、さらに多くのユーザーを獲得するため、「女の子好みの甘いピンクではなく洗練された白を基調にする」「情報を詰め込まずコンテンツを見やすくする」「ハートがぷるっと動くアニメーションを実装したアイコンを開発する」など工夫を重ね、月間ユーザーを2000万人に拡大することに成功しました。「App Store(アップストア) 無料カタログランキング」で1位に選ばれるなど、確かな実績を出せたことで、再び大きな自信を得ることができました。

自分にとっては追い風が吹く中、絶妙のタイミングで、突然、会社がベルリンオフィスを立ち上げることになったんです。猛烈にアピールしました(笑)。社長の了承を得る前に、オフィスのカレンダーに勝手にベルリンへの出発日を書きこんでみたり。根負けした社長から、正式にベルリン赴任の辞令を受けた時には、ようやく長年の夢が叶ったと小躍りしました。

――海外でデザイナーとして仕事をする大変さはなんでしょう?

日々のドイツでの生活もさることながら、言葉の異なる文化圏の人たちと一緒にデザイン · 開発する作業は、もちろん簡単なことではありません。世界中の仲間とひとつのプロジェクトで一緒に仕事をする場合には、まず現実的な問題として各都市間の時差の問題に振り回されます(笑)。

また、デザインは感性に深く関わる仕事ですから、日本人ならではの感じ方、美意識を異文化圏のスタッフにどう説得するかに悩むときもあります。日本人同士ならわざわざ説明しなくてすむことでも、ひと手間二手間、エネルギーを使わざるを得ないんですね。だから、母国語以外でデザインを表現することは、日本語で仕事をするより必ずパフォーマンススピードが落ちてしまいます。

それでも、文化の違いから日本人特有のセンスを再認識したり、自分のアイデアやデザインが国を超えて認められると、とても嬉しいです。いっぱい失敗も重ね、自分のいたらなさも発見しますが、その分、たくさんの学びも得られます。

もし海外での仕事を志望するなら、多摩美でしっかりデザイン力を身に着け、さらに語学力を磨けば、誰にでもチャンスは訪れるはずです。まずはデザイン力です。母国語を使ってパフォーマンスできないことには海外に行ってもできません。反対に言えば、母国語を使ってしっかり自分のデザインを表現できれば、海外でも通用します。

ベルリンの壁の前で。

ドイツの東西分断時代、弾圧されていたデザイン・アート活動。「表現の自由」の尊さを思い起こさせる、ベルリンの壁の前で。

――デザイン以外にも、いろいろな活動にチャレンジしていますね?

何度も身体を壊し入退院を繰り返した経験から、「医食同源(食べるものがカラダとココロをつくること)」がいかに大切かを思い知らされました。美味しいものを食べることがカラダだけではなく、ココロにも栄養を届けられることを実感してきたので、最近は、ベルリンで「しょうこ食堂」という食プロジェクトを開始し、料理研究活動にも力を注ぐようになりました。今年の4月にはハワイで「アーユルヴェーダシェフ」養成プログラムも受講しました。

また、「Spicii Chocolate(スパイシー · チョコレート)」という屋号を掲げ、ラジオを始め、さまざまなコンテンツやプロダクトを通し、新しい視点 · 感情 · 体験 · 知識を届けていくクリエイティブ活動をスタートしたばかりです。

屋号の「スパイシー」にはいろいろな意味が込められています。これまでの私の波乱万丈人生は決して楽ではありませんでしたが、その時々に、辛かったり、苦かったりした「スパイシー」な経験が、結局は、人としての成長につながってきたんだなぁと感じたからです。人生にはやっぱり、スパイスが必要なんです。

ベルリンで始めた「しょうこ食堂」

ベルリンで始めた「しょうこ食堂」ではワークショップや料理のケータリングも行う

――これからクリエイティブな活動を通して、どんな世界を作っていきたいのでしょう?

私は、UX/UIデザイナーの役割は、テクノロジーとの共存によってどんどん複雑化し、めちゃくちゃムズカシクなりつつある日々の暮らしを、やさしくわかりやすくするためのサポーターだと考えています。

私にとっては、誰かがインスパイヤ―されること、喜んでくれることが活動における一番大切なモチベーションなんですね。だから、デザイン、料理、ラジオ、コンテンツ制作などのさまざまな活動は、私の中で、すべてつながっています。アウトプットの手段が違うだけなんです。おこがましいんですが、みなさんの人生のスパイスとして、デザインで、ゴハンで、文章で、自分の手掛けるものを通して、誰かの生き方や価値観が少しでも良い方向にシフトチェンジされると嬉しいな、と願っています。

壮大な夢としては、「日本人の美意識を底上げしたい!」なんて思っています(笑)。なぜかというと、病院や教育施設など美しさや色のパワーが必要な場所に限って、デザインの力が活かされていないからです。私は入院時に、ベッドに横たわりながら、白くて無機質で何のパワーも与えてくれない天井を、うつうつとした表情で眺めていたものです。もっと多くの人に、美の重要性、美の価値に気づいてほしいんです。

美しい景色を見ると、自然と人は感動し、心が満たされます。デザインも一緒です。美しく生み出されたものに囲まれたり、それを使うことによって、人の心はDNAレベルで喜び、満たされます。美は、生きる上で本当に大切な要素です。

――では、最後に、情報デザインコースを一言で表すと何になるでしょうか?

私はよく、「なぜアーティストにならなかったの?」と聞かれます。アーティストは自己表現をします。自己を見つめ、自己を掘り下げることで作品が生まれます。そして画家や作家のように、極端に言えば、たった一人でも作品を制作します。でも、私は、自分のことを「チームにいてこそ輝ける」キャラクターだと分析しているんです。

UX/UIデザインはとても一人ではできません。特に、体験をつくるUXの場合は、デザイナーのできることなんて、たかがしれているんです。実際のプロダクトに命を吹き込むのはエンジニア。そのほか、プロモーションを手掛けるビジネスパーソンや、コンテンツの文章を書くライターなど、さまざまなスキルを持った人が集まり、その総合力によってプロジェクトが完成します。だから、チームプレイがなにより大切なんですね。

情デは、多摩美の中でも、最もチームワーク力を磨ける学科だと思います。チームワーク力を持ってこそ、ひとりのプロフェッショナルなデザイナーとして仕事の輪に加わる資格を持てることを教えてくれます。

――来年度からの入学生に向けても、一言お願いします。

情デでの学生生活はとても有意義なものになると思いますが、だからといって、私のように頑張り過ぎないでください。肩の力は抜いて、きちんと食事もしてください(笑)。私は海外で仕事をしたいと夢見て、紆余曲折、山あり谷ありを乗り越えて生きてきましたが、今は、この10年間に起こったことすべてを受け入れています。スティーブ · ジョブズの有名なスピーチじゃありませんが、辛かったことも含めて、人生って思いがけない点と点がつながって、たくさんの人に助けられて進んでいくものなんだな、と実感しています。

だからいろんなことがあっても、人生の「スパイス」だと思って、その時々、瞬間瞬間を大切に楽しんで、学生生活を送ってくださいね。そしていつか、ベルリンを訪れることがあったら、ぜひ、しょこたんの愛情たっぷりゴハンを食べに来てください!

Text / Mayuko Kishiue
Photo / Yoshiaki Tsutsui
Web design / Ayako Ishiyama

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