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メディアアートの教科書

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Satellite Art

衛星芸術

ARTSAT
衛星芸術プロジェクト

衛星芸術
久保田 晃弘|Akihiro Kubota

 古くから宇宙と芸術は深いつながりを持っていた。古代ギリシャのピタゴラスは、惑星は公転しながら固有の音を発し、太陽系全体で和音を奏でていると言い、16世紀末から17世紀前半の天文学者、ヨハネス・ケプラーは、宇宙の秩序を数学的に探求すると同時に、その構造と音楽の関係を科学的に説明しようとした。
 20世紀に入ると、ツィオルコフスキーが慣性によって地球を周回する人工の天体の制作を提案し、1957年10月4日には当時のソ連が世界初の人工衛星《スプートニク1号》を打ち上げた。このことは、米国のみならず、日本を含む世界のさまざまな国々にスプートニク・ショックと呼ばれるほどの衝撃を与え、芸術の世界でもその意味するものや、もたらすものが何なのかが、幅広く議論された(例えば、芸術新潮1958年2月号の「また變るか前衛芸術―宇宙時代と藝術」)。

 その後、アポロ計画による人類の月着陸や、スペースシャトル、国際宇宙ステーション、さらには最近の《はやぶさ》ブームなど、宇宙や衛星に対する人々の興味は、ある種のあこがれや期待、夢や謎を伴いながら、常に尽きることはなかった。芸術の世界でも、筑波大学教授の逢坂卓郎を代表とする、オープンな宇宙芸術のコミュニティー《beyond》が、地球外からの視点から生まれる「宇宙芸術」を、明確に定義づけようと活動している。
 そうした中、多摩美術大学メディア芸術コースの久保田晃弘をプロジェクト・リーダーとする《ARTSAT:衛星芸術プロジェクト》が2010年から開始された。このプロジェクトでは、地球を周回する衛星を「宇宙と地上を結ぶメディア」であるととらえ、そこからサウンド・アートやインタラクティヴなメディア・アート作品など、さまざまな芸術作品を制作展開する。衛星のオープンかつソーシャルな運用を可能にすることで、衛星を一部の専門家のものから市民の日常のメディアへと変え、宇宙を舞台にした科学技術と芸術デザインを交流させる具体例を、社会に向けて発信することを目指している。

 プロジェクトは、多摩美術大学と東京大学のコラボレーションを軸とした、総勢70名を超えるメンバーによって進められている。芸術利用を目的とした専用衛星(芸術衛星)の開発主体を東京大学チームが担当し、衛星からのデータを活用した作品制作や、地上局の運用やデータ配信を多摩美術大学チームが担当している。両大学のチーム共に、学部、学科や学年の枠を超えた学際的なメンバーで構成され、さらに多摩美術大学では、PBL(課題解決型授業)科目などを通じて、衛星芸術のミッションを美術大学の文化の中でも展開している。
 2011年12月、独立行政法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)が提供する、2014年2月に打上げ予定のH-IIAロケットの相乗り小型衛星として、ARTSAT: 衛星芸術プロジェクト」が提案した世界初の芸術衛星《ARTSAT1:INVADER 》が選定された。この世界初の芸術衛星《INVADER》は、一辺がわずか10cm立方、重量1.5kgの1U CubeSat規格の超小型衛星である。CubeSatとは、1999年のUSSS会議で採択された、世界最小の小型人工衛星規格で、2003年6月30日には、東京大学の大学生が設計・製作したXI-Vと、東京工業大学の大学生によるCUTE-Iが、世界初の打ち上げに成功した。この学生の手作り衛星としてのCubeSatの可能性をさらに拡げるため、ARTSATプロジェクトでは、芸術作品に利用することを主目的とした「世界初の芸術衛星」の設計開発を進めてきた。衛星の打ち上げに成功すれば、1年程度軌道に滞在し、その間にさまざまなイヴェントが開催される予定である。

 衛星のデータを活用したインタラクティブなインスタレーション、衛星の軌道や状態に連動して反応する家具やアクセサリー、衛星からのデータから生成される音楽、あるいは目では見えない衛星をAR技術で可視化したりSNSで共有することから生まれる、さまざまな衛星とのコミュニケーション。40年前のコンピュータがそうであったように、ARTSATプロジェクトでは、衛星の作り方や使い方をできる限り公開・共有することで、衛星を専門家のための「特別なモノ」から、市民の日常の中の「身近なコト」へと変えていくことを目指している。芸術衛星のモットーは、広く社会に開かれた「みんなの」衛星、人間の感覚や感情を刺激する「感じる」衛星、そして衛星本体の機能と外見がトータルにデザインされた「美しい」衛星の3つ。日常生活の中のふとした場面で宇宙を感じ、遥かな世界に思いを馳せる―そんな豊かな生活をつくりあげていこうではないか。

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ARTSAT

ARTSAT:衛星芸術プロジェクト

「ARTSAT:衛星芸術プロジェクト」は、 地球を周回する「宇宙と地上を結ぶメディア」としての衛星を使って、 そこからインタラクティヴなメディア・アート作品やサウンド・アート作品など、 さまざまな芸術作品の制作を展開していくプロジェクトです。

Artist Web

SateLRite

堀口 淳史

《2008年度 卒業》
16cmキューブの中にガラス鏡や半鏡レーザーLED などの部品や、温度センサや色センサ ジャイロ、電界強度計などが組み込まれた衛星芸術作品。組み込まれたセンサの情報や、既に宇宙空間を周回している東大のPRISM衛星のデータと連携して光のパターンが変化する。

Tamabi idd Art & Media Program「メディアアートの教科書」
多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース作品集
COPYRIGHT © IDDLAB. SOME RIGHTS RESERVED 2014.

ピタゴラス

ピタゴラスの定理などで知られる、古代ギリシアの数学者、哲学者。「音程は数の比で表される」ということを始め、音に対して初めて科学的なアプローチを試みた「音の科学」の祖(Wikipedia参照)。

ヨハネス・ケプラー

ドイツの天文学者。天体の運行法則に関する「ケプラーの法則」を唱えたことでよく知られている。理論的に天体の運動を解明したという点において、天体物理学者の先駆的存在だといえる。さらにケプラーは、惑星は音階と和音を奏でながら楕円軌道を描いているという「宇宙の音楽」の構想を提唱した(Wikipedia参照)。

ツィオルコフスキー

帝政ロシアおよびソビエト連邦の科学者、ロケット研究者、数学教師、著作家。ロケット理論や、宇宙服や宇宙遊泳、人工衛星、多段式ロケット、軌道エレベータなどの考案で知られ、現代ロケット工学の基礎的理論を構築した(Wikipedia参照)。

はやぶさ

2003年5月9日に宇宙科学研究所(ISAS、現JAXA)が打ち上げた小惑星探査機。2005年夏に小惑星イトカワに到達し、2010年6月13日、60億kmの旅を終え地球に大気圏再突入した。地球重力圏外にある天体の固体表面に着陸してのサンプルリターンは、世界初の快挙(Wikipedia参照)。

INteractiVe satellite for Art
and Design Experimental Research

芸術衛星「INVADER」の想像図

宇宙と地球をつなぐメディアとしての衛星(CG制作: 津島 岳央)

小惑星イトカワ表面に《はやぶさ》が投下した
署名入りターゲットマーカー

(提供: JAXA)

宇宙の神秘
ヨハネス・ケプラー
1596年

惑星の配列と正多面体の関係

多摩美術大学に設置されている衛星地上局のアンテナ

ARTSAT: 衛星芸術プロジェクトチームの展示
2012年5月26日–2013年3月3日

《OPEN SPACE 2012》 NTTインターコミュニケーションセンター[ICC] /作品制作:平川紀道 大西義人 市川創太/写真:平林宏隆/データ提供:東京大学 中須賀研究室

スプートニク1号

ソ連が1957年10月4日に打ち上げた世界初の人工衛星。直径58cmのアルミニウム製の球で重量は83.6kg。「Sputnik」はロシア語で衛星の意味。20MHzと40MHzの2つの送信機(出力1ワット)を搭載していて、衛星の温度情報を0.3秒ごとに発信した。衛星の軌道は遠地点約950km、近地点約230km、軌道傾斜角65°の楕円軌道で、96.2分で地球を一周した。