• z3-10

    maya masuda

    maya.erin0205@gmail.com

    mayamasuda.net

  • にょろにょろ機械、ばらばら機械、ぴちゃぴちゃ機械
    Nyoro-nyoro machines, Bara-bara machines, Picha-picha machines

  • 可変(dimention variable)

  • メディアラボ

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  • maya masudaは、以前脳科学研究に携わっていたという出自から、これまで機械/ラジオなどのNew Mediaと、それを形作る人間の精神的な背景を主題に制作をしてきました。前作「不安定な口、逃走する耳、穴」において、FMラジオという、近くにある1つの装置からしか音を採集できない通信方式と、精神病患者の、複数の人格に対して1つの口しか存在しない/断片的な発話しか成立しない状況を重ね合わせた maya masuda は、今作において、現代の機械に見られる造形 / 構造的な制約に着目します。

    かつては即興的で流動的、不安定な要素を内包していた「機械」という存在は、資本主義の誕生以降、孤立し、安定した、恒久性的な存在へと変化してゆきました。ユーザーが触れられないよう、回路は固く閉ざされ、硬い外殻をもち、また、大量生産の過程では均質で触覚のないツルツルとした素材がその形に用いられました。機械に期待された”安定性”、”恒久性”、”囲い込み”などの自閉性が、資本主義下で生きる人間の欲望を映し出していると考えた作者は、機械の形と回路におけるオルタナティブを探すことで、両者に風穴を開けることを試みます。

    『にょろにょろ機械、ばらばら機械、ぴちゃぴちゃ機械』は、腐食する流体や有機物を回路の内部に用いることで、腐食や酸化の過程を、機械の内部に取り込んでいます。これにより、作品内の機械は流動的で不安定な、絶えず崩壊へと向かう存在となり、時間的や環境的な変化に晒されます。加えて、回路の一部は水中に溶け出すことで、鑑賞者を介して機械が現れたり消えたりを繰り返し、作品の水分は壁に染み込み、周囲のものまでも機械の内側に取り込みます。maya masudaは、機械の内部(回路) /外部(造形)の両面から、近代機械に見られる男性的崇高(恒久性、自閉性、均質性)を脱臼することで、機械という存在におけるフェミニズム批評を試みています。