トップページ > 学生作品 > 

写真/静止画

  • 小倉礼子 『新山水』

    コンクリートで作られた動物園のハリボテ猿山は、高い塀で囲まれた鑑賞される猿たちの生きる世界である。作者は猿山の写真をデジタル・コラージュの手法でつなぎ合わせて壮大な山水画を作成した。彼方を見通せないほど広大な山水のイメージは、動物園で飼われている猿たちが仮想している夢の世界ではないだろうかと思えてくる。「猿夢山水~空想の荒野」我々が住まう都市や情報環境も、同様の出口のない広大な仮想空間と一緒に成立していることをアイロニカルに示してくれる。(准教授・佐々木成明)
  • 吉良向平 『Illumiaube』

    様々な人工光を撮影して作り出された光の生物図鑑。エジソンのフィラメント電球と発熱のないLED光の二極対立だけではない。水銀灯、ナトリウム灯、情報を映し出すディスプレイが発する灯りなど、現代の生活環境には様々な種類の灯りが存在している。
    作者は多様な人工光のバリエーションを生き物の進化体系と捉えて、撮影した写真のエレメントから、光の生物をデザインして「光の生態図鑑」を作成した。昆虫やアメーバや細胞のような光の生物は、確かに私たちの生活環境に生息していて、環境の変化に合わせて、つまり現在の文化の変容に併せて進化し続けている生物のような存在なのである。(准教授・佐々木成明)
  • 小林夏也 『来迎ズ』

    作者の世界観や宗教観を阿弥陀来迎図を元にオリジナルのキャラクターで再構築した掛け軸風の作品。このキャラクター群は作者が2年次から描き続けていたもので、ユニークな存在感を持っている。卒業制作では、日本画の風合いを再現する為に、岩絵の具によるシルクプリントとインクジェットプリンターの併用などといった新しい試みにもチャレンジしており、そういう点でも共感が持てる。
    (教授・原田大三郎)

  • 金瑞姫 『lights』

    何気ない室内に置かれた身体の断片。無造作にベッドに横たわる身体は、空間に偶然置かれた物体のように、画面の一部として捉えられている。住人たちは、霊的な存在のように、その空間に偶然写り込んでいただけに感じられる。カメラは住空間の中でくつろぐ人物のために向けられているのではない。個々の生活をドキュメントするための構図は形成されない。 住人によって織りこまれた空間に漂う微妙な雰囲気と呼ぶべき霊性(ベンヤミン)は、世界中のすべてが均一のようでありながら、それでもここだけしか存在しない。そのような無意識の領域でしか我々が捉えられないなにかを定着するため、作者はカメラを向けた。期待を裏切るように無事件のまま刻々と過ぎていく日常について考察を行い。そこから光が創り出す普遍的な現象について、作者は認識を深めていった。明るい部屋に塵や砂埃が舞い知覚可能となる空気感や、廻り込む光が立ちあげる立体感と素材感。それらのすべては住まう人物に帰属する現象である。空間に宿る霊性を、かけがいのない光の痕跡として定着する試み。金瑞姫は、写真だけが定着可能な、世界中でここだけに発生する微細な光暈(こううん――ハレーション)を写しとろうとする。どこにでもある空間は、シャッターが押された瞬間に、永遠に変わることのない現象の場として定着される。
    (准教授・佐々木成明)

  • 田中寛崇 『目→』

    女子高生が持っているエロチシズムを作者の視点で切り出し、構成したイラストレーション作品。

    大胆な構図と色彩が心地よい。また、紙の選択や独特のデフォーカスの表現など、インクジェットプリンターの持つ、可能性を追求した点も評価できる。(教授・原田大三郎)

  • 神田智哉 『群衆』

    現代社会の中で、様々な問題を抱えつつも、生きていく人々を、中年サラリーマンと呼ばれる階層に着目し、表現した平面作品。CGと写真、また鉛筆による手書きなど、様々な手法を組み合わせ、独特の風合いを持った画面に仕上げることに成功している。(教授・原田大三郎)

  • 野田早希 『x/1289』

    野田の作品は、個人や家族が写された日常のなにげないスナップ写真を、もとの状況が分からないほど、多重現像処理を繰り返して作り出される。それらは火と熱で幾度となく焼かれ、偶然できた痕跡のような、抽象的で不確かなイメージだ。しかし時間をかけて作品を見続けていると、イメージを形成していたもとの写真がもっていた意味や事象が、作品全体を成立する細胞や成分として小さな声で囁きはじめる。響き合い共鳴し合うそれらの呟きの声は詩となり、だれもが抱えている記憶の根底に語りかけてくる。(准教授・佐々木成明)

  • 吉岡妙 『slit』

    スリット状に高く伸びたスクリーンが、身体のスケールや目の機能に束縛された視覚を変容し、この地上と宇宙のつながりや、私たちが大気圏の底にへばりついて生きているちっぽけな存在であることを再認識させる。一方で、じっと目を凝らせば、そんなスケール感の中の微かな動きが、かけがえのない生を感覚を呼び覚ます。マキシマムでありかつミニマルな、宇宙と人間の映像インスタレーション。(教授・久保田晃弘)

  • 川上秀行 『萬絵詞 YOROZU-E-KOTOBA』

    川上秀行くんは「漫画 (manga)」の可能性を作品として拡張していく姿勢を貫いてきた。フィールドワークでも漫画を多方面から研究し、自らが制作したアニメーションのページを観客が操作していくインタラクティブ型の作品は、デジタルマンガ大賞のメディアコンテンツ部門で優秀賞を受賞し、愛地球博ロータリー館でも展示された。 卒業制作「萬絵詞」YOROZU-E-KOTOBAは、人間の欲望に潜む本能を墨絵的に表現したアニメーションであり、また、床の間の掛け軸をフレームとして捉えた空間で展示した映像インスタレーションでもある。(教授・三上晴子)

  • 林千景 『猫に焦がれた男』

    猫に焦がれた男が織り成す、不思議な生き様を描いた絵本。猫と猫に焦がれた男と、その主人。この複雑な関係の中には、作者の人間に対する深い思いが込められている。またこの物語を道案内する絵は、独特の強さを秘めた印象深い絵である。そこには作者の画家としての力量を垣間見ることが出来る。(教授・原田大三郎)

  • 森浩一郎 『gossamer 1』

    gossamer1は抽象絵画を自動生成するマシンによる絵画インスタレーションである。マシンは天井から吊るされており、作品を展示している空間の音を解析し、グルーを絵具として、カンバス上にエロティックでグロテスクな独特の質を持った半立体の抽象画を描く。オートマティズムの画家のパロディであると同時に、部屋の音や風といった環境とインタラクトしながら制作する、創作の主体を問う作品ともなっている。(教授・久保田晃弘)

  • 西村伊央 『inner blue』

    クローズアップで撮影された水の写真。それぞれのイメージは流動的な水の表情を捉えている。それらが相互の関係性を結び3メートルを超える壁面となり見る者を取り囲む。暗い空間に配置され、薄明かりで照らし出された青い壁面は、深海に一人沈んでいくような感覚を及ぼす。水を見つめること。作者は我々が生きていく上で欠かせない生命の源である水を時間をかけて見つめ、早朝の蒼い光の中で日々撮影しつづけた。それは日常生活の中で見過ごしてしまいがちな身近な自然の美しさを再確認する行為であった。膨大な水の記憶は列なり、ひとつの空間を作り出した。(准教授・佐々木成明)

  • 大家茜 『Maria』

    大家茜の作品『Maria』はブランクーシ彫刻の精密な複製と、タルコフスキーの映画『ノスタルジア』の全カットを模写した写本で構成される。写経芸術とでも呼ぶべきだろうか? 複製やサンプリングが主流の現代において「念」の具現化という芸術の本質的な役割を思い起こさせる。タルコフスキーは『映像のポエジア』において、映画とは時間の彫刻であると述べた。ブランクーシは対象を単純な形態としてとどめ、抽象化を極めた。大家の作品で扱われる彼らの共通点は切りつめること、すなわち抽象化や編集による本質の抽出であった。作者は写経芸術により、自らを媒介として人間が営み続けてきた芸術の小宇宙を具現化する。(准教授・佐々木成明)

  • 北村美佳 『東京ネオキッチュポートレート』

    商品ロゴとキャラクターのシールやステッカーを貼り合わせたコラージュによるにぎやかなプリント地の晴れ着と、自らが装う写真が北村の作品である。おもちゃ箱をひっくり返した様な色彩と記号の布で作られたイメージを作者は東京ネオキッチュポートレートと名付けた。キッチュとは、俗悪、異様なもの、意外な組み合わせで、見る者にとって異文化に属するものであったり、時代を隔てていると感じさせる美的価値であるが、キッチュこそが現代の東京に蔓延している環境そのものだと北村の作品は教えてくれる。(准教授・佐々木成明)

  • 遠藤麻里 『東京ジプシー』

    遠藤麻里の『東京ジプシー』は開くと1メートルを超える巨大な絵本。製本された書籍に遠藤は印刷ではなくハンドペインティングにより東京に住む同世代の愛の物語を描いている。ページをめくると、そこには肉筆で描かれたアウラ的世界が拡がる。この世界にただ一冊、ここにしかない世界、ここにしかない物語。それは突き刺さってくるような本質的な絵物語メディアの創造でもあった。(教授・原田大三郎)

  • 中江昌彰 『Rocket』

    Cg合成による風景写真『Rocket』では、都会や観光地といった見慣れた日本の風景の中に、当然のように巨大なロケットが配置されている。しかし合成された風景写真を見ていても、いごこちの悪い違和感、ましてパロディー的な印象は受けない。狭い国土をパッチワークのごとく様々な人工物と情報が埋め尽くしているこの国の現状を考えるなら、ほんの少し今までの歴史が違っていたなら実際にあったかもしれない日本の風景なのだ。中江の『Rocket』が教えてくれるのは、可能性の中にあるもう一つの日常なのだ。(教授・原田大三郎)

  • 土田祐介 『night seams』

    街中の街灯を次々に撮影し、それをスライドショウに編集するという一見してシンプルな作品でありながら、時空のひろがりを感じる不思議な作品である。あたかも街灯の光だけが動かず、周囲の光景だけが変化してゆくような錯覚にとらわれる。誰も気に留めることのない対象を追った都市論的記録であると同時に、夜の冷たい光を丹念に掬いあげながら、そこに新たな「美」を与えることに成功している。(教授・港千尋)

  • 柿沼周史 『未来都市計画図』

    Cgによる仮想の都市というテーマを、作者は一年を通し持ち続け、途中、様々な試行錯誤があったが、最終的には現在の形に収まった。完成した作品だけでは、なかなかその試行錯誤の経緯を見ることは出来ないが、しかしその日々の努力の結果がこの作品を生み出したのは事実である。圧倒的なモデリング量によって表現されたこの都市は、そのリアリティーによって現実と仮想との狭間の、不思議な空間を創り出すことに成功している。(教授・原田大三郎)

  • 高橋あい 『時の庭』

    真摯な眼差しで見知らぬ場所を移動してゆくイメージの連なりは親にはぐれてさまよう子供の頃の記憶を思い起こさせる。写真は本質的に遊民の眼差しであることをきづかせてくれる佳品。(教授・港千尋)