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映像

  • 奥山光貴 『evolution』

    生物の進化を機械の構造の進化になぞらえて表現した3DCG作品。色調を押さえた画面構成からは作者が目指すスタイリッシュな世界作りを感じることが出来る。細部まで丁寧にモデリングされており、技術的にもあるレベルを超えている。立ち上がるサルのシーンとラストは感動的だ。(教授・原田大三郎)

  • 牧野綾子 『非生命体のクラスタ』

    有機物と無機物が織りなすアイロニーを人間とロボットが共存する世界を舞台に表現した、3DCGと手書きアニメーションがミックスされたハイブリッドなアニメーション作品。独特のタッチが観るものに強い印象を残す。9分というアニメーションとしては長尺にもかかわらず最後まで仕上げた点は評価が高い。(教授・原田大三郎)

  • 松本壮史 『ガジラの青春』

    ひきこもり。いじめられっ子。恋愛経験なし。だれもが思い描く青春とは縁遠いひとりの若者が、バンドを組んで学園祭で歌うまでを追い掛けたドキュメンタリー作品。カメラはその過程で揺れ動いていく主人公ガジラをきめ細かく追い続ける。「青春とは何か?」問い古されているが、すべての人がそれぞれの生きき方を見つめて考えてきた普遍的なテーマが扱われる。このシネ・エッセー的な映画のために集められた主人公のガジラとバンドメンバーの若者たち、そして作者自身のやさしい心のふれあいと成長の記録が一時間半に渡って描かれる。もがき苦しみながら今日から明日へと、少しづつ自らの殻を破っていく若者の姿は痛いけど美しい。
    主人公を見つめる作者の眼差しは、シニカルでクールであったが、やがて自分自身が憧れている青春の有り様についての自問へと到着する。そんなドキュメンタリー映画「ガジラの青春」は非リア充世代の青春の譚として捉えたい作品である。(准教授・佐々木成明)
  • 平野遼 『ホリディ』

    平野が作るアニメーション作品に描かれる情景と登場人物たちの仕草や情動の多くは、どれもが作者本人がこれまで経験してきたこと、感じたことなのだろう。それら記憶の断片が、パッチワークのようにつなぎ合わされて成立しているように思えてならない。
    一見すると風景や登場人物には整合性がないように見受けられる。しかしすべては「ホリディ」というタイトルで表された幸せな休日の思い出に他ならない。休日の家で聞いただれかが弾くピアノの練習曲、温泉地、旅館の日本庭園、一周した湖、ドライブ旅行、場末の夏祭、突然の雨。だれもが経験したであろう休日の情景の断片。どこか昭和の匂いがする若い女性、夏休みに小川で見かけたイモリの真っ赤な腹。屋根裏にしまいこんで忘れていたおもちゃ箱や宝箱から取り出された数々の思い出の断片がコラージュされて、もう辿り着けないであろう懐かしい子どもの頃の濃厚な甘くて苦い時間が蘇ってくる。
    幼少期の記憶は、だれにとってもクリアではなく、成長して大人になった分だけ喪失してしまう。それら楽しかったころの記憶は、色あせて像がぼやけてしまった大切な古い写真を見るときのように、あるいは傷だらけで聞き取れなくなった古い歌謡曲のレコードを再生して聞いているときのように、断片的になって欠落してしまうだけ、懐かしさや愛おしさは増していく。そのような個々の思い出とは、古いなって像がぼやけ、音が聞き取れなくなるほど、すべての人にとって共有できるものとして共感を生み出すのではないだろうか。
    記憶とは不確かで整合性がなく、使えなくなった遺物で埋め尽くされたホコリにまみれた屋根裏部屋みたいなものではないかと思う。
    平野の作品は、それら尊い遺物の中から、判別可能なものを集めて、ひとつの物語の箱庭に丁寧に並べていったような、愛おしさとかけがいのない懐かしさをもっている。
    (准教授・佐々木成明)
  • 関内朋哉 『Unstable Bias』

    異世界というのは、遠いところにあるのではなく、今ある現実と表裏一体のちょっとした裏側に潜んでいる。そんなことを感じさせてくれる作品。何の予備知識もなく、この映像を見ていると、ネガ反転した色彩が思わぬところで現実にある色彩を取り戻すところに驚く。ネガとポジは両極の位置関係を保持するのではなく、所々で表と裏が入れ替わって、どちらの世界が正しい世界なのか、確証が持てなくなるような不思議な仕掛けに満ちた映像作品だ。それは作者にとっての重要なメッセージでもある。ものの物性が入れ替わるところから始まる映像は、オムニバス形式で、次第に移ろいゆくものの裏表を曖昧にするような展開を示してゆく。作者は一連のネガポジ反転現象を見せることで物事の本質を言い表そうとしている。(准教授・森脇裕之)
  • 告畑綾 『かわはら 〜夫婦の無常と時空間〜』

    これは老夫婦のある一日を淡々と描写した、ストップモーションによるアニメーション作品である。作者はまず老夫婦の日常をビデオカメラで撮影・編集し、その映像を元にすべてを人形やミニチュアに置き換えアニメーションを制作した。その独特の手法は最終的にアニメーションとなった映像にも明確に現れている。この手法は実験的アニメーションの世界でも非常にユニークな作業であり様々な問題を投げかけている。 (原田大三郎)

  • 薩摩浩子 『海の人』

    砂をマテリアルとして使った、いわゆるストップモーションによるアニメーション作品。作業過程では一見何が描かれているのか判らないが、それが蓄積され再生されると、みごとに風景やキャラクターが浮かび上がる。まさにアニメーションの面白さ・楽しさの、ある側面を浮かび上がらせてくれる作品だ。作者が延々持ち続けている"生と死"というテーマを砂を介して表現している作者の姿勢には共感を感じる。
    (教授・原田大三郎)

  • 三品和貴子 『降伏論』

    アニメーション、及び音楽とも作者がひとりで制作している。その作業から生まれた物語やキャラクター表現、色彩表現はどれも独特で魅力的だ。2年生の時から作者はアニメーションと向き合い制作してきたが、内容的にも手法的にも卒業制作時にその努力が開花した印象が強い。
    (教授・原田大三郎)

  • 川村あゆみ 『雑念からの解放』

    この作品は、3年生の時にまずはマンガ作品として完成されたもので、それを卒業制作においてアニメーション作品として再構築したものである。マンガからアニメーションという表現への移行には、最初不安もあったが、作者の粘り強い努力の元にアニメーション作品としても独特の雰囲気を持った作品に仕上がった。印象的なナレーションが導いてくれる物語は秀逸だ。
    (教授・原田大三郎)

  • 大橋史 『Notation of Rotating Earth 「自転譜のための組曲 -ガイア-」』

    風景の中に点在する、"光点"をひとつの音としてとらえ、それを元に新しい楽譜を創造する試み。360度のパノラマ写真として再構成された風景がゆっくりとした速度で回転するさまや、その楽譜から生まれる抽象的な旋律とリズムは見るものに心地よい時間と空間を与えてくれる。作者は大学院への進学も決まっており、この作品を元により一層の発展に期待したい。
    (教授・原田大三郎)

  • LEE Jae Won 『星雨』

    作者の亡くなった父に捧げられたヴィデオ・インスタレーション作品。吊り下げられている涙の形をした白いオブジェ群は、韓国の寺院に奉納される真っ白な送り灯籠がモチーフだ。作者は、その灯籠ひとつひとつに影絵を映写した。絵に表された娘と父親のやりとりは思いでの情景だ。ヴィデオ・メディアは、すでに失われた過去を記録して再生する。もう触れられない愛おしい故人は電子の記憶の中で生き続けている。そのためだろうか、多くのヴィデオ・アート作品は霊的な赴きを感じさせる作品が少なくない。イ・ジェウォンのヴィデオ・インスタレーション作品も、個人の思いや祈りがメディアの特性に再配置されている。作者が故人と出会うためのインスタレーション空間は、交霊の場所として見る者に思念の場所を提供する。
    (准教授・佐々木成明)

  • 吉岡裕記 『Water Lilly』

    幼少の自分を祖父が写した1枚の写真。遊園地のメリーゴーランドの馬に跨りカメラに視線を向けているのは確かに自分なのだが、その記憶は曖昧だ。回転木馬の手触り、豪華なメリーゴーランドが映り込んで揺れる水面。その日のことは明確に思い出せないが、おぼろげな記憶は確かに残っている。作者はこの1枚の写真を手がかりに1年の時間を費やして、ワークインプログレス的にインスタレーション作品を制作した。実物大の馬、黒い水面に映る光、黒い旗、巨大な音響。何回も繰り返し作り換えされていった作品には、様々な要素が現れては消えていった。押しよせては消えていく記憶の波に捉え所はないが、想像の源でもある記憶によって、新しい創造は生み出されていく。まるでおもちゃ箱をひっくり返したような物量で、作者は巨大な箱庭を幾度となく作り直していった。明確に固定化するのではなく、転生を繰り返す記憶が、そのように表された。吉岡の記憶と創造の術で、ここにしかない空間が生成された。
    (准教授・佐々木成明)

  • 今成夢人 『ガクセイプロレスラー』

    学生プロレスをテーマとしたドキュメンタリー作品。作者自身が大学生活を捧げたインディーズの学生プロレス集団の日々を切々と綴る。青春群像と書くと陳腐になるが、若者が充実感を求めて迷走する姿は常にどれも切なくて美しい。手作りの巡業リングでおこなわれる試合。裸の身体に痛みと喜びを刻み込みながら、若者たちは自分にしか味わうことのできない充実感を精一杯受け止めて生きている。その姿は滑稽にも見えるが、すがすがしく、かわいらしい。作者が学生時代を過ごした小宇宙が、思い入れと客観性の両方がうまく一体化した秀逸なドキュメンタリー作品として結晶化されている。
    (准教授・佐々木成明)

  • 酒巻大樹 『101』

    沈黙のミステリー・ドラマ。3つのショート・ストーリーはどれも同じマンションの1室が舞台だが、1話ごとに住人たちは変わっている。孤独な一人暮らしの密室で物語はサイレント映画の様に淡々と描かれていく。人間の心の奥に潜む「見る・見られる」にまつわる不安と欲望をテーマに現代社会における視覚の優位性がアイロニカルに描かれる。他人のプライバシーに介在できる者、ここではない彼方を注視する快楽に溺れる者、存在するはずのない他者に記録され続けている者。Web、ヴィデオカメラ、デジカメ。彼らが迷い込んだ迷宮とは、日常使ってる視覚装置が拡張してしまった、我々の心の闇の奥なのだろうか。
    (准教授・佐々木成明)

  • 魚住剛 『F - void sample』

    魚住剛くんは、コンセプトと対峙し、メディアアートの置かれた歴史的状況を意識しながら、エージェントの問題やアートにおける出力の可能性を探求、作品を制作してきた。卒業制作「F - void sample」は、発生と消滅のプロセスを点、線、面、立体、超立体へと書き換えて行くプログラムで作られた造形世界を、わずか爪ほどの大きさの液晶ディスプレイに可視化、顕微鏡で覗くという作品で、第13回文化庁メディア芸術祭のアート部門「奨励賞」を受賞した。
    (教授・三上晴子)

  • 大西義人 『音響航海/Sound Sailing』

    劇場を思わせるほどの大きなステージの上に、水平と垂直に設置された、アンティーク風の大型の木製舵輪が設置されている。この作品は、世界各地でサンプリングされた音による、いわば「音地球」を架空の船で自由自在に航海する、インタラクティブな映像音響インスタレーションである。直感的な操作とドップラー効果のシミュレーションによる速度感、そして音と映像に全身が包み込まれるようなスケール感が心地良い。
    (教授・久保田晃弘)

  • 呉弦佑 『性 -The Nature-』

    デイヴィッド・ヒュームはそれ以前の哲学が自明としていた知の成立根拠を問い、人間の悟性、感覚、道徳を『人間本性論』で論じた。

    性質・傾向を表す性(さが)とは、人が生まれながらに持っているものであり、儒教では人の道徳的能力の問題に言及し人性論が議論されてきた。我々人間の知覚や外界への反応は、社会的構造によって創り出されるのではないか。性(さが)と名付けられたこの作品で、作者は客観的でありながらも、ウイットに富んだ語り口で、本質的な人間性を解き明かそうとする。(准教授・佐々木成明)

  • 長谷川太論 『Maieutic』

    無数のポラロイド写真がムービーに変換され、暗黒の空間の中を浮遊している。それらのイメージは、左右二つのスクリーンに映写され、鑑賞者が覗きこむ鏡によって立体視される。この作品は作者がこれまで撮影してきたポラロイド写真を立体視する装置であり、今年度で生産を終了するポラロイド写真の霊廟的なインスタレーションであろうか。写真とは本来物質的な存在であり、風化して失われるはかなさを抱えていた。それゆえの愛おしさを秘めていた。この作品は、記憶と記録の間におかれていた本質的な写真の有り様を紐解き、その美しさを讃える。(准教授・佐々木成明)

  • 川端みずき 『a certain day』

    言葉と、それが指し示す事物とのずれが引き起こす笑いを、携帯電話や、日常生活の中の何気ない風景の中に見出し、作者の繊細な感覚で映像化した作品。白黒の映像処理や、ミニマルな構図から生まれたスタイリッシュな映像が、笑いとの対比を生み出し、興味深い。完成度の高い作品だ。(教授・原田大三郎)

  • 佐々木倫太郎 『匂い』

    映画に登場する年齢を重ねた男"オジサン"の捕らえどころのない存在感に魅せられて、作者はオジサンの肖像をとり続けた。写真ではなく、インタビュー形式の映像で綴られた様々なオジサンたち。巷、どこにでもいる普通の人々。愉快で、呑気で、どことなく哀愁を漂わせる男たちの肖像は、その存在だけで匂いさえ立ち上がってくるほど多弁であった。(准教授・佐々木成明)

  • 河上裕紀 『胡蝶の夢 ~Life is an empty dream.~』

    荘子の"胡蝶の夢"をキーワードにし、文学・数学・哲学・科学が持つテーマや問題を盛り込み、作者の人生観を表現したモーショングラフィックス作品。作者の卓越した、グラフィック感覚やアプリケーションへの知識が随所に埋め込まれている。また締め切り間際まで努力した、その結果が作品に反映されているのも好感が持てる。完成度の高さは作者がすでに映像の世界でプロフェッショナルとして生きていくことが出来ることを物語っている。(教授・原田大三郎)

  • 久保山威 『ホネノキロク』

    横たわる人物。その人物の微妙な動きをシミュレーションした骨のCG映像。その二つの映像を、ある時間軸の中で重ね合わせ、黒いベッドの上に投影したインスタレーション作品。作者は三年次より、"骨"を意識し、様々な作品を制作し今回のスタイルに辿り着いた。その思考の過程は今回の作品を見ると決して無駄になっていなかったことが判る。(教授・原田大三郎)

  • 大島健太 『大人ってなんだろう』

    自分の少年期を振り返り、前作の「自殺」に引き続き「大人になる」をテーマに若者たちの悩みと矛盾をあからさまにしようとする試み。テレビのなかのバーチャル・スタジオに登場するキャラクターは、作者自身が何役もこなすという多才ぶりで、それが複数台の同期再生によって激しくもおかしい討論をくり広げる。役作りされたキャラクターを演じるなかで、垣間見られる作者自身の本音が興味をひく。(准教授・森脇裕之)

  • 斎藤渉 『tyanoma』

    完全に倦怠期に入っている老夫婦と、うだつの上がらない長男という、ある家族の夕食の風景をヒップホップの音楽に乗せ、軽快に構成したモーショングラフィックス作品。アフターエフェクトによって加工・合成された映像は作者独自の美意識によって作り上げられており、また技術的にも高い。デスクトップな環境において製作される映像の可能性を示した秀作である。(教授・原田大三郎)

  • 阿波田稔子 『潮風ローカルライン』

    鉄道模型の列車が白いジオラマのなかを回ってゆく。そのタイミングに連動して天井から投射される映像では、街のなかで起こる物語が映し出される。作者はリアルとバーチャルを結びつけ、統一感のある世界をつくりあげた。オブジェ制作、センサー・システム、映像制作とさまざまな要素がこの作品では取りこまれているが、これらが連動して動き始めたときに、さらに新しい世界を広げることができることをこの作品は証明している。(准教授・森脇裕之)

  • 山本純子 『便所四十八手 〜女体による和式〜 平成十八年度版』

    トイレという密室空間での作法とは、誰に見せるものでもないだろう。そのばかばかしさをあえてマニュアル風に仕立てあげた。人間のとる不可思議な慣習のおもしろさに着目していた作者が目をつけたのは排泄行為だった。そこでは文化・民族的な背景や風俗史の観点が浮かびあがってくる。排泄行為にひそむ「羞恥」という心理作用を、あからさまに表現し笑い飛ばすことで、かえって作者の求めている興味が浮かびあがる構造をねらった点は独特のセンスが光る。(准教授・森脇裕之)

  • 松尾明子 『オドルデクおどらでく』

    きわめて日本的な情景を淡々と描きながら、「時」に対する哲学的考察が深みを与えている。晩年を迎えたひとりの男性が黙々と庭仕事に精を出すが、横には常に彼の分身が同じように働いていて、あたかも人生がバックミラーに映るかのようである。ひとつの庭が人生の小宇宙となる過程を通して、庭にとっても映像作品にとっても、そして人生にとっても、「完成」とは何を意味するのかと問いかけている。(教授・港千尋)

  • 海老原伸江 『Oedipus Complex そこに愛はあるのか』

    ぬいぐるみの頭の中をのぞきこんで映像を見るインスタレーション装置。それは過去の記憶の映像であり、本人のコンプレックスを映像で表現することで払拭を試みる。幼児期の象徴である小さなぬいぐるみで構成されたクマにかぶせられたお面は、こころのゆがみを象徴する。鑑賞者はクマの隣に座って抱きかかえるようにして、クマの眼鏡の奥の映像を見ることになる。このような身体的映像装置によって、作者の心の奥底の訴えは多くの人に共有されるものになった。(准教授・森脇裕之)

  • 近藤美智子 『カイグンノ道路』

    この卒制作品は、相対的な視覚と意識の関係性の考察から始まり、記憶が介在 する個人の眼差しと印象についての結論へと到達する。制作の初期段階において近藤はフ レーム(枠)により強調あるいは様式化される視覚認識にこだわり、母親の顔や自室の風景といった日常的な視野のいたるところに赤いフレームを描き写真に納めていた。その後、大小のフレームを空中に吊った野外インスタレーション作品を試みる。そして前後2つの視点が1画面内に構成された映像作品へと到達する。この作品では彼女がよく知る路地を移動する視点から風景の変化が描かれている。前方の視覚が実際に見ている視野であり、 後方へと遠ざかっていく風景は、本人の記憶として意識に描かれるもう1つの知覚の具象化と捉えることができるだろう。(教授・港千尋)

  • 仁田美帆 『定点』

    現代の技術革新のめまぐるしい変化を逆手にとって、親密で、繊細な、時間の詩をうみだそうとしている。20年にも及ぶ時間の遠近法を見るものにも感知させる秀作。(教授・港千尋)

  • 小林裕卓 『SELF-FOCUS』

    甲冑を着た操り人形と博士との関係が、人間とマシンのイロニーになっている。ヴァーチャルリアリティを古典的な芸術と対比しているようにも読める、秀逸な本格的3DCG作品である。(教授・原田大三郎)