米国の心理学者ミルグラムのスモールワールド実験によって「自分の知り合いを6人以上たどっていくと、世界中の人とつながりを持つ」という仮説が広く知られ、のちの情報理論の礎を築いた。このミルグラムの仮説が情報化時代の常識となった現代において、猪股が情報空間の視覚化を試みたときに思い描いたのは、進歩し続ける情報化社会の姿ではなかった。昔ながらの駄菓子屋にあるクジ引きのしくみや、植物の根のからみあった様子など、むしろ身近な人間の生活のなかにある、生々しい「つながり」の観点が彼女の関心をひいたのである。情報のつながりとは、しょせん実体のないものだが、そこに空虚さを感じて、実感しなければ納得できない今を生きる人たちの、等身大のリクエストがそこにある。その正直な衝動を形にしてゆくことをめざした猪股の作品は、同時にそのテーマが抱える何重にも複層化した、きわめて現代的な事情に悩むことにもなる。しかし結果、それらを思い切って切り詰めた形に結論づけたところで、作者の底力を感じさせる作品に仕上がった。
(准教授・森脇裕之)
制作の開始当初に藤田はテーマとして「無限」について語り始めた。無限に続く道、無限の時間など無限のテーマは、創作者の夢想をかき立てるような魅力を秘めているものであった。単純に考えれば、自分の思い描くイメージを具現化するために、コンピュータグラフィクスによる映像表現技法を用いれば、かなり満足のいくものができるに違いない。しかし彼女はあえてそれを選ばずに困難な道を選択した。そこに彼女が在学中に培ってきた主張がある。頭で理解するような「無限」イメージの再現ではなく、「無限」を身体で感じるための装置を作りたいという彼女の意志ははっきりとしていた。夢への階段を自分自身の足で、感触を確かめながらゆっくりと登り続けることのできる作品が、じっさいに観客の前に用意されることになった。いかなる言説があったとしても、このような体験に勝ることはない。そこに一人の造形作家としての強い意気込みを感じるのである。
(准教授・森脇裕之)
天井から吊されたナイロン糸による巨大な構造体のかたちは、自然界に存在するものから形状アルゴリズムを抽出するところから生まれた。"生物のかたちづくり"に理論的な目を通して考察する手法を通じて、造形原理に迫りたいと願う発想をベースにしている。もののあらわれの奧にある造形原理をあらわにしようとする彼女の仕事は、造形の基礎をしっかりと受け継いだ確かな仕事だ。そのうえに彼女の場合、ゆっくりと動くLEDの仕掛けでナイロン糸が照らし出され、構造体のなかで青くきらめく効果も取りいれている。幾重にも編み込まれたナイロン糸のなかで、偶発的にも繊細な光点の重なりがうつろってゆく様を体験することによって、総合的なイメージ空間をつくり出している。そこで立ち現れてくる静謐な気品あふれる空気とふれあうことのできる作品である。
(准教授・森脇裕之)
バイクのエンジンを搭載した、二本足の歩行ロボットのプロトタイプ。エンジンアクセルの微妙なコントロールで、のたうつように歩く姿を見ると、思わず感動してしまう。小型のよちよち歩く二足歩行ロボットから始まって徐々に進化して、今回の完成形に到達した。日本の技術力の象徴とされるロボット業界とは全く違う切り口を示すことは、アートに課せられた重要な役割である。しかし、そんな小賢しいメッセージなど、どこかへゆくかのように飄々とした取り組みが逆に、作者の未来に期待させるものとして映るのである。(准教授・森脇裕之)
機械が進化すると限りなく生物に近くなるといわれるが、逆に人間は機械の精密さにあこがれたりもする。人間と機械は単純に二極化された対立概念では理解できないということを、この作品は示している。観客の頭上で、有機的な機械のゆらぎが観客を迎え入れるこの作品で、もっとも問題となるのは機械と人間との距離感だろう。「巣くう」というタイトルのとおり、彼らは独自の生態系を保持しつつ人間との接触を試みている。この機械生物によって成立する空間は、人間と機械の対峙関係を越えたものを示そうというものだ。(准教授・森脇裕之)