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インタラクション

  • 土居下太意 『トクトクマウス Ver0.1』

    土居下太意は「トクトクマウス」というインスタレーションにおいて「メディアアート」を整然とした工学的なものではなく、あえて混沌としたカオス状態で展示している。夥しい数のケーブル、逆さまの状態で唸る外部装置、飲み物は出て来るが口認識システムが組み込まれた自動販売機、また機能不明なデジタルガジェットなどが情報の洪水のように空間にバラ撒かれている。しかし、それらの装置はただ置かれているのでなく、実は全体を通して高度なインタラクションとして成立し、観客が描いたドローイングは複雑で繊細な線を出力していく。この作品は第17回学生CGコンテストにて審査員賞を受賞し、「歌舞伎町アートサイト」でも個展形式で展示されるなど学外でも高く評価されている。(教授・三上晴子)
  • 長岩久美子 『無言(成体)』

    作者は半人工=半自然の美しさに惹かれ、品種改良された愛玩動物や金魚などをモチーフに、メディアアート、映像、写真、イラストレーションなど多様な作品を制作してきた。「無言」は言葉や理屈ではなく、体で感じる人工生命体であり、生命という人間にとって永遠のテーマを、非言語的に実体化した作品でもある。動物のようでありながら、目も鼻も口も、手も足もなく、植物のようでありながら、体毛や体温があり、抱き上げると心臓の鼓動が感じられる。無言の生物は、一体何を感じ、何を考え、何を想像しているのか? 植物や動物と人間は、本当にコミュニケーション可能なのか? そのことを客観的に検証することはできない。「無言」には、人工衛星が近づくと興奮し、鼓動が速くなる個体も存在する。(教授・久保田晃弘)
  • 馬場美沙紀 『Type [img];』

    馬場美沙紀は2年次から一貫して「新しいメディア」と「古いメディア」を合体させた秀逸なメディアアート作品を制作してきた。「電球」「カセットテープ」「新聞」「絵画」なども取り入れた作品郡はアナログとデジタルが絶妙に一体化している。卒業制作のType [img];も「タイプライター」という古いインターフェイスで文字を打ち込むとネットから集められた様々な文字のように見える写真が現れる作品である。そしてそのデジタルメッセージは絵ハガキというアナログな方法で参加者の元に郵便で送られる。ArduinoによるデバイスとopenFrameworksというコンピュータプログラミングを駆使したこのメディアアート作品は、もはやコンピュータがそこにあることに気がつかないというエリアに到達している。(教授・三上晴子)
  • 堀口淳史 『SateLRite』

    「SateLRite」は、16 cm キューブの中にガラス鏡や半鏡、レーザー、LED などの部品や、温度センサや色センサ、ジャイロ、電界強度計などが組み込まれた衛星芸術作品である。組み込まれたセンサの情報や、既に宇宙空間を周回している東大の PRISM 衛星のデータと連携して光のパターンが変化する。この作品は、現在ARTSATプロジェクトで東京大学と開発中の芸術衛星「INVADER」と対になる、宇宙空間を周回する衛星を身近に感じるための地上の衛星として制作された。2011年12月に九州工業大学で開催された「UNISEC WORKSHOP 2011」では、この作品を含む多摩美の衛星芸術活動が発表され、ポスター賞で1位、プレゼンテーション内容に対して与えられるUNISON賞で2位を獲得した。(教授・久保田晃弘)
  • 大西義人 『音響航海/Sound Sailing』

    劇場を思わせるほどの大きなステージの上に、水平と垂直に設置された、アンティーク風の大型の木製舵輪が設置されている。この作品は、世界各地でサンプリングされた音による、いわば「音地球」を架空の船で自由自在に航海する、インタラクティブな映像音響インスタレーションである。直感的な操作とドップラー効果のシミュレーションによる速度感、そして音と映像に全身が包み込まれるようなスケール感が心地良い。
    (教授・久保田晃弘)

  • 猪股咲子 『点線の先』

    米国の心理学者ミルグラムのスモールワールド実験によって「自分の知り合いを6人以上たどっていくと、世界中の人とつながりを持つ」という仮説が広く知られ、のちの情報理論の礎を築いた。このミルグラムの仮説が情報化時代の常識となった現代において、猪股が情報空間の視覚化を試みたときに思い描いたのは、進歩し続ける情報化社会の姿ではなかった。昔ながらの駄菓子屋にあるクジ引きのしくみや、植物の根のからみあった様子など、むしろ身近な人間の生活のなかにある、生々しい「つながり」の観点が彼女の関心をひいたのである。情報のつながりとは、しょせん実体のないものだが、そこに空虚さを感じて、実感しなければ納得できない今を生きる人たちの、等身大のリクエストがそこにある。その正直な衝動を形にしてゆくことをめざした猪股の作品は、同時にそのテーマが抱える何重にも複層化した、きわめて現代的な事情に悩むことにもなる。しかし結果、それらを思い切って切り詰めた形に結論づけたところで、作者の底力を感じさせる作品に仕上がった。
    (准教授・森脇裕之)

  • 藤田智里 『ウツツテップの無限階段』

    制作の開始当初に藤田はテーマとして「無限」について語り始めた。無限に続く道、無限の時間など無限のテーマは、創作者の夢想をかき立てるような魅力を秘めているものであった。単純に考えれば、自分の思い描くイメージを具現化するために、コンピュータグラフィクスによる映像表現技法を用いれば、かなり満足のいくものができるに違いない。しかし彼女はあえてそれを選ばずに困難な道を選択した。そこに彼女が在学中に培ってきた主張がある。頭で理解するような「無限」イメージの再現ではなく、「無限」を身体で感じるための装置を作りたいという彼女の意志ははっきりとしていた。夢への階段を自分自身の足で、感触を確かめながらゆっくりと登り続けることのできる作品が、じっさいに観客の前に用意されることになった。いかなる言説があったとしても、このような体験に勝ることはない。そこに一人の造形作家としての強い意気込みを感じるのである。
    (准教授・森脇裕之)

  • 岩本多玖海 『see-saw』

    遊戯装置としてのシーソーの、どこに心をとらえられるのかという問いかけに対して、岩本は遊戯装置の機構的な側面からそれをさぐっていった。そしてさまざまな逡巡の末に、体験者の協調作業がもたらす共有意識の問題であるという答えにたどりついた。

    複数の節桁の上で金属ボールをうまく行き来させるために、2人の体験者には息のあった屈伸運動がもとめられる。シーソーの両端にいる2人の体験者は、ボールに意識を集中させればさせるほど、シーソー運動が相手とのシンクロナイズの問題となってくる。つまりシーソーそのものに答えがあるわけではなく、岩本のあたらしい遊戯装置の発明は、コミュニケーション・メディアの発明となったわけである。(准教授・森脇裕之)

  • 加藤小雪 『zzz』

    ファスナーを利用した環境家具や、ファスナーの楽器を創作していた作者が、卒業制作として提出した作品は、ファスナーを素材とした壁画風タブローであった。それは、現実の生活空間での展示機能を突き詰めた結果の作品形式であり、当初から絵画的なタブローを目指していた訳ではない。「美術」を訓読みすると「すばらしいわざ」と云う意味だが、ファスナーのもつ機能や用途を突き抜けて、創作的な心象を表現した、うつくしい作品となっている。(教授・高橋士郎)

  • 伏見再寧 『M・Lantern』

    伏見の作品の魅力は、映像のもつ生々しさを伝えてくれるところにある。そこにたちあらわれる映像は、デジタルに慣れきったわれわれにリアルを突きつける。20世紀からの映像メディアはつねにリアルを追究してきたが、はたしてそれをクリアしてきたのか、疑わしいところも残している。そういうなかで、あえて時代の遺物化しつつある実物投影機の原理をもちだし、そこに現代的な味つけをほどこした。そうして生み出される映像に、今日的な意義を見いだそうとする伏見の取り組みは、これから重要な意味を持つものとなるだろう。(准教授・森脇裕之)

  • 石黒奈々子 『air+air+air』

    石黒奈々子さんは「息を吹くと映像が変化する作品」など一貫して空気をテーマに制作してきた。「air+air+air」も空気を媒体とした情報の動きそのものを形態化している。この作品は様々な場所に設置されたQRコードが埋め込まれた構造体から携帯のバーコードリーダーでその情報を読み取ると、無数の 構造体からなるメインのインスタレーションにコードの光が瞬時に蓄積されてい くインタラクティヴ・インスタレーションである。観客のアクセスにより蓄積さ れて行く光はまるで蛍のように作品空間に現れ、そして観客もこの作品のもとに 集まってくる。(教授・三上晴子)

  • そがあやの 『sound round』

    生活の中にとけ込む何気ないインタラクションは、日常生活を活性化させると作者は言う。写真では何の変哲のないテーブルに見えるが、手をかざすとピアノの音色がする。テーブルトップの裏側にセンサーが隠されていて、反応すると音が出る仕組みになっている。うまく手を動かして曲を奏でることもできる。ティータイムにこんなテーブルでお茶をすれば、会話が弾むことだろう。この作品で作者は、生活空間のなかに、メリハリを与える役割を果たすアートのあるべき姿を夢見ようとしている。(准教授・森脇裕之)

  • 山下祐人 『メルトフィーリングス』

    不可思議な装置のハンドルを回して水と油をかき混ぜる儀式を行うと、巨大な赤ん坊の顔がひきつったような笑みを浮かべる。妖しさに魅力を感じていると作者は言う。複雑で明瞭でない機械と人間の関係について、奇妙な状態をつくりだして表現している。この作品にどこか懐かしさを感じるのは、科学技術社会が進歩しすぎたということなのだろうか。文明批判的でありながらも決して後ろ向きではない作者の独特な感性をうかがい知ることができる。(准教授・森脇裕之)

  • 森浩一郎 『gossamer 1』

    gossamer1は抽象絵画を自動生成するマシンによる絵画インスタレーションである。マシンは天井から吊るされており、作品を展示している空間の音を解析し、グルーを絵具として、カンバス上にエロティックでグロテスクな独特の質を持った半立体の抽象画を描く。オートマティズムの画家のパロディであると同時に、部屋の音や風といった環境とインタラクトしながら制作する、創作の主体を問う作品ともなっている。(教授・久保田晃弘)

  • 宮本和奈 『ミラボン』

    「インタラクティブ・ミラーボール」と名づけたい作品。光を浴びて光り輝くミラーボールへの関心が、自らの手で操ることのできるミラーボールへと進化させていった。この作品では光のシャワーを浴びるといった形容詞がよく似合う。おそらくこの作品は一般に受け入れられやすいだろう。作者が考えるように、パーティー会場やイベントなどで使用されると際だつ存在となる。社会にとけ込むメディア・アートはこれからの重要なポイントだ。(准教授・森脇裕之)

  • 渡邉朋也 『IAMTVTUNERINTERFACE』

    テレビというメディアに徹底的に拘ったこの作品は、現在放映されている全ての番組がリアルタイムに3次元のオブジェクトのテクスチャーとなって巨大スクリーンに映し出される。ネットでの視聴率とも対応し、観客のリモコンによるザッピングにも対応しながら、その蠢く画像がグラフのように上下に移動し、事件映像がアイドルになり「ザッ」という音とともに次々にそのイメージは変容していく。ありそうでないこのテレビ・アートの前には、我々の否応無しの日常が現れてくる。(教授・三上晴子)

  • 佐藤雄一郎 『ひとりじゃない』

    身体が入る程の大きな2つのボックスは、体験者が対面するように設置されている。鏡とガラスがスリット状に交錯しているため、自分の身体と相手の身体が分断されていくように感じるが、その体験の根底は他者との違和感によって成り立っている。そこに設置されたマイクでは、相手と話そうとすればするほど相手の声は聞こえなくなる。ディスコミュニケーションをテーマにしたこのインタラクティヴ・インスタレーションはNHK-BS 「デジタル・スタジアム」でも紹介された。(教授・三上晴子)

  • 前川峻志 『千篇書道』

    携帯電話から「k@generative.info」へアクセスし、そこへメッセージを送ると、彼がプログラミングした時間軸をもった独自のタイポグラフィーによってテキストが変換される。この携帯電話を利用するソフトウェア作品「千篇書道」は、情報処理推進機構の2005年度未踏ソフトウェア創造事業「未踏ユース」において採択され、開発支援を受けた。このプロジェクトは広く公開され、ユーザからのダウンロードによって、さらなる進化を遂げるだろう。(教授・三上晴子)

  • 津島岳央 『メディアアートの寓意』

    フェルメールの絵画をCGで再現し、ステレオスコープを用いて立体視を体験させ、さらにその画像を回転させることにより、描かれた部屋のなかへ入ってしまうという驚くべき作品である。メディア・アートをパースペクティヴの歴史のなかへ投げ返しながら、「キャンバスの裏側」というフィクションを示し、「絵画によって見られる」という不思議な経験を惹き起こす。技術と魔術の結婚である。(教授・原田大三郎)

  • 中川早紀 『Romancer's Machinery』

    鉄でできたキネティックの作品といえば、シャープで重苦しい印象があるが、中川さんの作品「Romancer's Machinery」は、その名のとおり古き良き機械を夢想させる。ぎこちない動きやジョイントのきしみ音も、この機械には似つかわしい。足踏みの運動の手ごたえが確実にステンレス球の上昇につながってゆくことに、誰もが充実感をおぼえるだろう。それはなんとなくむかし懐かしいものに出会ったような体験でもある。(准教授・森脇裕之)

  • 朝比奈建 『WHITE FEMTO』

    3000人から個人を特定する指紋を採取させてもらい、まったく同じ形のハンコを3000個も作った。指紋にしてもハンコにしても、日本社会において特別な役割を持っている制度や慣習に作者は注目した。整然と並べられたハンコの拇体はまったく無機質だが、印字面にはそれぞれの「個」が潜んでいることが理解できる。個人の質と全体の質を同居させ、その対比について深く考えさせられる作品だ。(准教授・森脇裕之)

  • 清野温子 『maman』

    大きなウツボのぬいぐるみのなかに、無数の白いウツボがひしめいている。ウツボにくるまれてみたら、気持ちいい体験だった。人の五感のうち触感を重視した作品であるかもしれないが、それ以上にこれほどまでの大量のウツボに圧倒される。個人的にウツボが大好きと宣言する作者は、それをストレートに作品にしてしまった。個人的な事情もある一線を越えたときには、みんなの共有感覚になってゆくことを証明した作品。(准教授・森脇裕之)

  • 大畑彩 『internal sense -1project ver2.5』

    闇の中で仮想の物体を身体の振動で認識していくこのインタラクティブ・インスタレーションは、身体の触覚と聴覚に焦点をおいている。ランダムに移動する仮想物体は空間と身体を知覚する対象として存在し、空間を歩き周りながら「それ」を探し当てると、手に装着した振動装置により位置や大きさが感知できる。暗闇という視覚を排除された空間で体験するこの作品は、身体と空間のダイアローグ環境を作り出し、2003年NTTインターコミュニケーションセンターの「Nextメディアアートの新世代」展に最年少で出品された。(教授・三上晴子)

  • 平川紀道 『GLOBAL BEARING』

    この作品は自作のインターフェイスにより「地球」を感覚的に探査できるインタラクティブ・インスタレーションである。手で垂直と水平の間を自在に操っていくと、地球の裏側にまでも到達していくことが可能である。丸い地球は足元に広がる大地と一致してないというスケール感への疑問から生まれたこの作品は、文化庁メディア芸術祭で「優秀賞」を受賞した他、幾つもの公募展で優秀賞を受賞した。作品は東京都写真美術館、山口情報芸術センターなどでも展示された。(教授・三上晴子)

  • 力石咲 『ManGlobe』

    観客が作品の前に立つと、毛糸の編み物で型どられた世界地図にあるまぶたが、ぱちくりぱちくりとなまめかしく動く。まぶたの奥には樹脂製の目玉が輝いている。目玉は5つあって、それぞれ一つずつ大陸の上にある。とぼけた面白さが伝わってくる作品だ。ナンセンスであるけれど、それはある意味インタラクティブな作品の本質的なあり方でもある。観客と作品との間には、いつもこういった暖かみのある出会いがあって欲しいと思わせる幸せな作品である。(准教授・森脇裕之)

  • 井上恵介 『SPACE MAESTRO』

    サウンド・メディアの持つ空間性に着目したのは、けっして井上が初めてではない。ライトやサウンドを空間的な素材としてとらえ、自らの手でそれらを思うように操りたいと考えるのは、むしろ自然な気持ちの表れである。井上の作り出したサウンド空間は、半球ドーム内の人々を、強制的にひとつの世界にたたき込む強さがある。しかもそれをつくり出しているのが、井上の手のひらのなかで操られる、もう一つの半球。サウンドと空間の一体感を手のひらのなかから生み出している事実が、この作品の世界観を象徴している。(准教授・森脇裕之)

  • 莇貴彦 『巣くう』

    機械が進化すると限りなく生物に近くなるといわれるが、逆に人間は機械の精密さにあこがれたりもする。人間と機械は単純に二極化された対立概念では理解できないということを、この作品は示している。観客の頭上で、有機的な機械のゆらぎが観客を迎え入れるこの作品で、もっとも問題となるのは機械と人間との距離感だろう。「巣くう」というタイトルのとおり、彼らは独自の生態系を保持しつつ人間との接触を試みている。この機械生物によって成立する空間は、人間と機械の対峙関係を越えたものを示そうというものだ。(准教授・森脇裕之)

  • 大谷佳代 『coloration of sand pit』

    誰もが遊んだ砂場の本来持っている自由な造形の場を、コンピュータによる色彩を加えることで、さらに興味深いものに演出した作品。プロジェクタで砂に投影された画像が、不思議な立体感を持って立ち上がる。コンピュータで描画された色彩、形体と、砂の造形がつくりだす自由な造形のバリエーションに戯れながら、その視覚効果は奥深く、興味つきさせない。子どもにも理解できる、身体的なインターフェースを実現している点が優れている。(准教授・森脇裕之)

  • 渡邉郁美 『木人音』

    木製の機械といえば、からくりを思い出すが、からくりの持つ触感やぬくもりを現代風にアレンジして、新しい木製楽器に仕上げたのが本作品である。作品では木製楽器特有の包み込むような優しい響きを追求しただけではない。もともと楽器はインラタクティブな道具であるが、センサやモータを組み込むことによって、より作品の空間性に重点を置いた結果、新しい楽器のカテゴリーを作り出せたのではないだろうか。(准教授・森脇裕之)

  • 船橋慶充 『剥離』

    四方が黒く塗られた閉鎖空間の中で、鏡の破片により散乱させられた自分の姿を体験することで、日々のくり返しの中でまとわりついたさまざまなベールを発見し、自分の本質を再認識することを目指した作品。変形させられた自己の姿の断片をアレゴリカルに用いながら、「自分を知る」という普遍的なテーマに対して自己言及的に機能する。(教授・三上晴子)