この作品は作者の確かな画力と繊細な色彩感覚によって生まれた、手描きアニメーションの秀作である。またコンピュータによる着色やアニメーション化も行われており、そういった意味では、デジタル環境の成熟が成し得た、新しい時代のアニメーションということも出来る。しかし、この作品の魅力は、そういった技術的な側面だけではなく、作者が以前から持ち続けていた、"輪廻転生"のテーマが作者なりの視点で表現されている点であろう。今後の活躍に期待する。(教授・原田大三郎)
Cgによる仮想の都市というテーマを、作者は一年を通し持ち続け、途中、様々な試行錯誤があったが、最終的には現在の形に収まった。完成した作品だけでは、なかなかその試行錯誤の経緯を見ることは出来ないが、しかしその日々の努力の結果がこの作品を生み出したのは事実である。圧倒的なモデリング量によって表現されたこの都市は、そのリアリティーによって現実と仮想との狭間の、不思議な空間を創り出すことに成功している。(教授・原田大三郎)
きわめて日本的な情景を淡々と描きながら、「時」に対する哲学的考察が深みを与えている。晩年を迎えたひとりの男性が黙々と庭仕事に精を出すが、横には常に彼の分身が同じように働いていて、あたかも人生がバックミラーに映るかのようである。ひとつの庭が人生の小宇宙となる過程を通して、庭にとっても映像作品にとっても、そして人生にとっても、「完成」とは何を意味するのかと問いかけている。(教授・港千尋)
街中の街灯を次々に撮影し、それをスライドショウに編集するという一見してシンプルな作品でありながら、時空のひろがりを感じる不思議な作品である。あたかも街灯の光だけが動かず、周囲の光景だけが変化してゆくような錯覚にとらわれる。誰も気に留めることのない対象を追った都市論的記録であると同時に、夜の冷たい光を丹念に掬いあげながら、そこに新たな「美」を与えることに成功している。(教授・港千尋)
この作品は自作のインターフェイスにより「地球」を感覚的に探査できるインタラクティブ・インスタレーションである。手で垂直と水平の間を自在に操っていくと、地球の裏側にまでも到達していくことが可能である。丸い地球は足元に広がる大地と一致してないというスケール感への疑問から生まれたこの作品は、文化庁メディア芸術祭で「優秀賞」を受賞した他、幾つもの公募展で優秀賞を受賞した。作品は東京都写真美術館、山口情報芸術センターなどでも展示された。(教授・三上晴子)
自作のターンテーブルとCCDカメラを用いた光学ピックアップを組み合せた作品。絵を描くことで音をつくりだすことができる。ピックアップからの光の入力を黒、赤、黄、青、緑の五色に分解し、そこからさまざまな音を生成すると同時に、ターンテーブル自体の回転をコントロールする。その場で自分の「色レコード」をつくることもできる。インタラクションとフィードバックの組み合わせが絶妙だ。(教授・久保田晃弘)
闇の中で仮想の物体を身体の振動で認識していくこのインタラクティブ・インスタレーションは、身体の触覚と聴覚に焦点をおいている。ランダムに移動する仮想物体は空間と身体を知覚する対象として存在し、空間を歩き周りながら「それ」を探し当てると、手に装着した振動装置により位置や大きさが感知できる。暗闇という視覚を排除された空間で体験するこの作品は、身体と空間のダイアローグ環境を作り出し、2003年NTTインターコミュニケーションセンターの「Nextメディアアートの新世代」展に最年少で出品された。(教授・三上晴子)
「Howlin(ハウリン)」は操作不能で、やっかいな異物とされているハウリングを奏でるための自作楽器である。オシレータやサンプリングといった音源を一切用いず、透明なチューブとアンプの入出力を直結することから生まれるシンプルなハウリング音だけを素材として、周囲の環境とも呼応しながらリアルタイムに音をコントロールする。連続的なハウリング音と、断続的なパルス音との対比が印象的である。(教授・久保田晃弘)
パフォーマーの動きによってコントローラーに対応した音響が変化する。壁とつながれた紐によって、身体による動きが、目に見えるかたちで音響装置とつながっている。身体から発する影響が空間、そしてサウンドを変えてゆく。作者はそれらの要素が、一連のインタラクションによってすべて関係していることをあからさまにした。そうすることで、紐に縛られて本来は不自由なはずのパフォーマーが空間のなかで際だって見えてきた。(准教授・森脇裕之)
大きなウツボのぬいぐるみのなかに、無数の白いウツボがひしめいている。ウツボにくるまれてみたら、気持ちいい体験だった。人の五感のうち触感を重視した作品であるかもしれないが、それ以上にこれほどまでの大量のウツボに圧倒される。個人的にウツボが大好きと宣言する作者は、それをストレートに作品にしてしまった。個人的な事情もある一線を越えたときには、みんなの共有感覚になってゆくことを証明した作品。(准教授・森脇裕之)
3000人から個人を特定する指紋を採取させてもらい、まったく同じ形のハンコを3000個も作った。指紋にしてもハンコにしても、日本社会において特別な役割を持っている制度や慣習に作者は注目した。整然と並べられたハンコの拇体はまったく無機質だが、印字面にはそれぞれの「個」が潜んでいることが理解できる。個人の質と全体の質を同居させ、その対比について深く考えさせられる作品だ。(准教授・森脇裕之)
鉄でできたキネティックの作品といえば、シャープで重苦しい印象があるが、中川さんの作品「Romancer's Machinery」は、その名のとおり古き良き機械を夢想させる。ぎこちない動きやジョイントのきしみ音も、この機械には似つかわしい。足踏みの運動の手ごたえが確実にステンレス球の上昇につながってゆくことに、誰もが充実感をおぼえるだろう。それはなんとなくむかし懐かしいものに出会ったような体験でもある。(准教授・森脇裕之)